20130701 へブロン、ベツレヘムに行く

イスラエル

2013年7月1日(月)

1シュケル27.3円

 

エルサレムから、へブロンとベツレヘムに向かう。

抗争を繰り返してきた土地柄、本当に多くの遺物や語られる歴史が残されている。そんな土地を訪れたいと思い、へブロンとベツレヘムに向かうことにした。

 

朝6時に起きて、朝食を勝手に作って食べる。

9時前に旧市街のダマスカス門に向けて歩く。50分かけて到着。

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↑旧市街は城壁に囲まれ、中は細い小路で構成されている。

 

ダマスカス門近くのバスターミナルで21番のバスに乗り、ベツレヘムに行く7.3シュケル。

1時間後にベツレヘムに着き、バス乗り換えでへブロンに向かう5.2シュケル。

さらに1時間後、へブロンに12時過ぎに着く。

へブロンはパレスチナ自治区があり、アラブ人(パレスチナ人)が隔離と監視をされている地区がある。これは、彼らを退去させようと嫌がらせをイスラエルが行なっている場所だ。

 

バス停から坂道を下り、1キロほど歩き、ゲートを超えてその地区につく。

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↑写真の左側に「THIS IS PALESTINE」とある。ここから先がパレスチナ自治区で、奥に行くとゲートがある。

 

銃を持った兵士がうろつき、町は昼間なのにゴーストタウンのように人はおらず、家々は暗く閉ざされていた。人を壁によって物理的に隔離するということが国によって行われ、2013年のこのときにも存在することを私は知らなかった。

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↑誰も歩いておらず、銃を持った兵士が終始うろついている。兵士を撮影することはできなかった。

 

こうなってしまったあまりにも長い歴史の過程があるが、現地の人たちは思いのほか笑顔で生活をしていた。ほとんどのアラブ人はこの地区から退去してしまったが、今も粘り強く抵抗している人々の顔が笑顔であったことは印象深い。

 

この地区にムスリムにとって有名なアブラヒムモスクがあり、そこを訪れた。ここだけは外から人が訪れ活況を呈している。中は、質素な作りで豪華絢爛とは程遠い。

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↑アブラヒムモスクの内部。祈りの後の時間なので、ムスリムがくつろいでいた。 

 

その後、1時間をかけてベツレヘムに戻り、生誕教会とバンクシーの壁画を見に行く。

バス停から一キロほど坂道を上がり、生誕教会に着く。入口はとても狭くかがんで入ったが、中は巨大な基地のように感じた。地下通路が所々にあり、ワクワクする。

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↑生誕教会の入り口。右より中央下にある小さな窓のようなものが入り口だ。

 

イエスが生まれたとされる場所を見学し、教会内部を歩き回った。いわくありげな品がたくさんあるが、説明を受けない限り何かはわからない。

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↑イエスが生まれたとされる場所。★のマークが中にある。

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↑生誕教会の内部。 地下への通路などがあり、迷路構造のように感じた。

 

その後、生誕教会の前でタクシーを捕まえ30シュケルでバンクシーの6枚の壁画を見て回った。

バンクシーは反権力の壁画を書くイギリスのアーティストで、ベツレヘムの分離壁に6枚の絵が残されている。解放を求める彼の気持ちが絵になっている。

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その後、宿に帰り無料の夕食を済ませ、就寝した。

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