ウォーレン・バフェットが率いるバークシャー・ハサウェイは、保守的で堅実な企業への投資で知られています。ところが2023年末から2024年にかけて、彼らが投資先として選んだのが米国の衛星ラジオ企業「シリウスXM(Sirius XM Holdings Inc.)」でした。
一見、音楽ストリーミングやポッドキャストが主流になっている現代において「衛星ラジオ」はやや古風にすら感じられる選択です。
さらに同社の財務状態にはいくつかの警戒すべき要素も見られます。では、なぜバフェットはこの企業に投資したのかを考察しました。
シリウスXMとはどんな会社か?
- 本社:アメリカ・ニューヨーク市
- サービス:衛星ラジオによる定額制コンテンツ(音楽・スポーツ・トークなど)
- 加入者:約3,400万人(2024年時点)
- 関連企業:Pandora(音楽ストリーミング)を2018年に買収
SiriusXMは、衛星を使って全米にオーディオコンテンツを配信している企業です。特に車載ラジオを中心としたユーザー層に強みを持ち、他のストリーミングとは異なるポジショニングを確立しています。
実は危うい? シリウスXMの財務状況
一部では「安定した収益構造」とも語られるSiriusXMですが、財務データを精査すると懸念点も浮かび上がってきます。
指標 | 2023年 | 特徴 |
---|---|---|
売上高 | 約89億ドル | 横ばい、成長鈍化傾向 |
純利益 | 約5億ドル | 減益基調、利益率低下 |
負債総額 | 約96億ドル | 自己資本の5倍以上 |
自己株買い | 約20億ドル | 株主還元を継続、だが資本は圧縮 |
つまり、「キャッシュフローはあるが成長は頭打ち」「自社株買いでEPSを支えているが、自己資本は圧縮されている」という構造です。
これをもって「安定収益」と単純に呼ぶのはミスリーディングかもしれません。
なぜバフェットはSiriusXMを買い、いまだに売らないのか? ― 5つの仮説で読み解く
この投資は今もって疑問が残ります。成長性は鈍化し、財務も重い。にもかかわらず、なぜ「買い」、なぜ「売らない」のか? 本記事ではその投資の背後にある可能性を、5つの仮説として論理的に読み解いていきます。
仮説1:メディア資産の再評価を見越した「買収プレミアム狙い」
Apple、Amazon、Netflixなどが音声・映像分野に巨額を投じる中、SiriusXMのような「放送インフラと独自コンテンツを保有する企業」は、将来的な買収ターゲットとしての魅力を高めています。
もしSiriusXMがテック大手に買収されるとすれば、プレミアムが乗る可能性が高い。今は安く評価されていても、将来の“売却益”を狙った戦略的保有という視点が成立します。これはバフェットがかつてコカ・コーラやジレットで見せた「ブランド資産への着眼」にも近いものがあります。
仮説2:フリーキャッシュフロー(FCF)に着目した“逆張り的バリュー投資”
SiriusXMの営業キャッシュフローは年17〜18億ドル、フリーキャッシュフローも10億ドル超と堅調で、株主還元(自社株買い・配当)にも積極的です。
売上は横ばいでも「一定の現金を生み出し続ける機械」である点に、バフェットは注目した可能性があります。企業価値(EV/FCF)で見れば非常に割安であり、市場が見放したがゆえの“買い場”と見た逆張り的判断かもしれません。
仮説3:Pandoraやポッドキャスト事業を将来的な「転換資産」と見ている
SiriusXMは2018年にPandoraを買収しており、ポッドキャストネットワークの拡充にも取り組んでいます。今は赤字部門でも、今後の音声広告市場の成長を見据えた中長期的投資として、これらの資産に可能性を見出している可能性もあります。
「今は儲かっていないが、価値が転換する局面を見越して先回りする」――これはバフェットがウェルズ・ファーゴやアメリカン・エキスプレスに投資した時と似た構図です。
仮説4:現金の“仮置き”としての低リスク・高還元銘柄
2023〜2024年のバークシャーの現金残高は過去最高水準で、投資先に苦慮している様子も見られます。その中で、株主還元が厚く、下値も限定的なバリュー銘柄に“とりあえず資金を置く”戦術を採っている可能性があります。
つまり、これは「買ってホールドする」前提の投資ではなく、「マクロ環境が大きく動くまでの仮ポジション」としての位置づけなのかもしれません。
仮説5:「SiriusXM株」ではなく「Liberty Media構造」からの間接的狙い
見落とされがちですが、SiriusXMの実質的な支配株主は「Liberty Media(リバティ・メディア)」であり、バフェットはその系列株(Liberty SiriusXM)を通じて投資しているとの報道もあります。
この構造を活用することで、間接的にメディア持株会社全体の価値再編(分割・再上場など)から利益を得ようとしている可能性があります。かつてのクラフト・ハインツのように「投資先の再編を仕掛ける」視点もありえます。
この投資は“消極的な妙手”か、“先読みの布石”か
SiriusXMは一見、古臭く成長の乏しい銘柄に映ります。しかし、その裏側には、
- 買収プレミアムの期待
- キャッシュフロー重視の逆張り投資
- 音声広告などの未評価資産への視線
- 「資金の仮置き」としての防御戦略
- Liberty Media構造による再編狙い
といった、複数の可能性が潜んでいます。
バフェットの真意は明かされませんが、SiriusXMの投資は単なる「ラジオ株」ではなく、「構造的な含み資産」と「市場心理の盲点」をつく、実に彼らしい一手と言えるかもしれません。
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