40代。この響きには、どこか複雑な感情が伴います。若い頃のような無鉄砲な勢いは鳴りを潜め、経験という名の知恵がつき、同時に「このままでいいのか?」という漠然とした焦りも生まれてくる。
そんな人生の岐路に立つ私にとって、箕輪厚介さんの二冊の著書、『死ぬこと以外かすり傷』そしてその「アンサーソング」とも言える『かすり傷も痛かった』は、非常に示唆に富む読み物でした。
かつての「突き抜けろ!」という熱狂的なメッセージと、その後の葛藤と反省。これらは、まさに40代の私たちが直面する「人生の攻め方と守り方」の問いに、生々しいヒントを与えてくれるかのようでした。
「死ぬこと以外かすり傷」と、遠い日の「攻め」の記憶
まず、箕輪さんの名を世に知らしめた『死ぬこと以外かすり傷』を読んだ時、正直な感想は「うわ、眩しい!」でした。とにかく「狂うほど動け」「熱狂しろ」「結果を出せ」と、まるで鼓膜を破るような激しさで読者に訴えかけるその内容は、多くの若者を熱狂させ、一部からは「意識高い系」と揶揄されながらも、現代の閉塞感を打ち破る「カンフル剤」として絶大な支持を集めました。
私のような40代がこの本を読むと、少しばかり複雑な気持ちになります。なぜなら、そこには20代、30代の頃の、無謀とも言える「攻め」の姿勢が凝縮されているからです。かつては私たちも、「寝る間を惜しんで仕事をした」「上司の無茶振りに応えようと必死だった」「このプロジェクトを成功させれば、人生が変わる」と、がむしゃらに突っ走った時期があったのではないでしょうか。失敗しても「死ぬこと以外かすり傷だ!」と自分に言い聞かせ、泥臭く前向きに進んでいた、あの頃の自分が確かに存在していたのです。
かつての自分に重なる「熱狂」のメッセージ
- 「ただ動け」というシンプルな命令形が、行動をためらう背中を押す。
- 圧倒的な量をこなすことで、質の向上と成功を手に入れるというストイックさ。
- 自分の仕事に「熱狂」し、突き抜けることの重要性。
しかし、40代になった今、同じような「熱狂」を維持できるかと言われると、多くの方が「ノー」と答えるでしょう。それは、単に体力的な問題だけではありません。私たちは経験を積む中で、「がむしゃらだけではどうにもならない壁」や「努力だけでは報われない理不尽」も知ってしまいました。そして何より、仕事以外にも家族や健康、将来設計など、守るべきものが増え、全てを捨てて「攻める」ことへの躊躇が生まれてくるのです。この本は、そんな遠い日の「攻め」の記憶を呼び覚ますと同時に、「今、同じことはできないな」という現実を突きつける、良くも悪くも強烈な一冊でした。
豆知識: 箕輪厚介氏は、編集者として数々のベストセラーを手がけたことで知られています。彼が編集した本には、堀江貴文氏の『多動力』など、現代のビジネスパーソンに大きな影響を与えたものが多数あります。彼自身の著書も、まさに彼の「編集哲学」や「生き方」そのものを体現していると言えるでしょう。
「かすり傷も痛かった」が突きつける、40代の「痛み」と「本質」
そして、『死ぬこと以外かすり傷』から時を経て出版された『かすり傷も痛かった』。この本は、前作の「反省と振り返り」という位置づけであり、前作の全文が収録され、そこに著者自身の新たな心境が加筆されているという、非常に珍しい構成になっています。この試み自体が、箕輪さんらしい挑戦的であり、どこか人間臭いと感じました。
前作では「死ぬこと以外かすり傷」と豪語していた彼が、この本では「かすり傷も痛かった」と率直に語る姿に、40代の私は深く共感しました。彼が経験した「文春砲」による挫折や、私生活における様々な葛藤。それらは、まさに「死ぬこと以外かすり傷」では済まされない、生々しい「痛み」だったことが赤裸々に綴られています。
私たちは、人生経験を積む中で、大小さまざまな「かすり傷」を負ってきました。仕事での失敗、人間関係のトラブル、家族とのすれ違い、そして健康問題。若い頃は勢いで乗り越えられたことも、40代になると一つ一つの傷がじんわりと、あるいは鋭く心に響くようになります。それは、守るべきものが増え、失うことへの恐れが生まれるからかもしれません。箕輪さんのこの「痛み」の告白は、「無敵だと思っていた自分も、結局は生身の人間だった」という、私たち40代が薄々感じていた現実を再確認させてくれるものでした。
「かすり傷も痛かった」にみる40代へのメッセージ
- 競争からの脱却: 無限の競争を続けるのではなく、一度立ち止まり、内省することの重要性。
- 幸福の相対性: 成功や達成感だけでなく、日常の中に潜む小さな幸せや、アウェイに飛び込むことで得られる新鮮な刺激に価値を見出す視点。
- 物語の再構築: 自分で物語を作れなくても、他者の物語に参加したり、日常を大切にしたりすることで、人生に意味を見出すこと。
この本で箕輪さんは、かつての「攻め」の思想から、「守り」や「内省」へと軸足がシフトしているように感じられます。「仕事論としては間違っていなかったが、幸せとずっと比例するかは別だ」という彼の言葉は、40代になり、仕事だけでなく人生全体の幸福を考えるようになった私たちにとって、非常に響くメッセージでした。
筆者の経験: 私も30代の頃は、まさに『死ぬこと以外かすり傷』の精神で仕事に打ち込んでいました。夜遅くまで働き、休みなく学び続け、結果を出せばそれが全てだと信じていました。しかし、40代を目前にして体調を崩し、初めて「頑張り続けることだけが正解ではない」と痛感しました。あの頃の自分に、この『かすり傷も痛かった』を読ませてあげたかったと心から思います。
40代からの「新しい生き方」のヒント:攻めと守りの調和
箕輪さんの二冊の本を読み終え、40代の私は「人生において、極端な『攻め』も、ただひたすらな『守り』も、どちらかだけでは片手落ちなのだ」という結論に至りました。
特に40代からは、この二つのバランスをいかに取るかが、これからの人生を豊かにする鍵となるでしょう。
1. 「攻め」の姿勢は維持しつつ、「質」と「戦略」を重視する
『死ぬこと以外かすり傷』で語られた「行動」や「熱狂」の重要性は、40代になっても変わりません。
しかし、若手時代のようにがむしゃらに量をこなすだけでなく、「いかに効率よく、質の高い行動をするか」「どこにエネルギーを集中させるか」という戦略的な視点が求められます。体力的な制約があるからこそ、一点突破の「精度」を高めることが、40代からの「攻め」には必要不可欠です。
2. 「かすり傷」から学び、立ち直る「守り」の力を養う
『かすり傷も痛かった』が教えてくれるのは、「傷つき、失敗から学び、そして立ち直るレジリエンス(回復力)」です。40代は、予期せぬ「かすり傷」を負うことも増えます。
そんな時、「死ぬこと以外かすり傷」と開き直るだけでなく、その痛みを認め、原因と向き合い、どうすれば次はないかを考える「守り」の視点を持つことが、持続可能な人生には不可欠です。
3. 自分だけの「物語」を再構築する
箕輪さんは「人間は物語がないと幸せに生きられない」と語ります。40代は、これまでの「会社のための物語」や「世間の常識という物語」から一歩離れ、自分自身の価値観に基づいた「自分だけの物語」を再構築する絶好の機会です。
それは、必ずしも壮大なものである必要はありません。日々の小さな発見、家族との時間、趣味への没頭。そうした中にこそ、自分を豊かにする「物語」の種が隠されているのかもしれません。
キャリアと人生: 40代は、キャリアにおいても「攻め」と「守り」の転換点。昇進や独立など「攻め」の選択肢だけでなく、ワークライフバランスの追求や、本当にやりたいことを見つけるための「守り」の期間も重要になってきます。どちらか一方に偏らず、柔軟に選択する勇気が求められる時期です。
40代は「ハイブリッドな生き方」の探求者
箕輪厚介さんの二冊の本は、私たち40代に、「がむしゃらに攻めた過去」と「傷つき、立ち止まった今」、そして「これからどう生きるか」という問いを投げかけてくれます。
「死ぬこと以外かすり傷」で突き進む熱量と、「かすり傷も痛かった」と本音を語る人間臭さ。この両方を内包しながら生きる「ハイブリッドな生き方」こそが、40代以降の私たちにとっての「正解」なのではないでしょうか。無理に背伸びせず、時には立ち止まり、自分の心と体に耳を傾けながら、それでも「人生の物語を豊かにしよう」という前向きな姿勢を忘れずにいたいものです。
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