日本の原発サプライヤーはどこが一番恩恵を受けるのか?原発案件から読む「3社」

株式

日本が米国のエネルギーインフラに最大5500億ドルを投資し、そのうち約800億〜1000億ドル規模がWestinghouseのAP1000大型炉やSMR支援に向かうと報じられました。米政府はこの枠組みで最大8〜10基の大型炉を建設する構想を打ち出しており、日本企業も「重要サプライヤー」として名指しされています。

  • AP1000やSMRに直結する重機器をどれだけ供給できるか
  • 既にAP1000で確かな実績があるか
  • 今回の日米投資スキームで名指しの候補になっているか

の3点で、恩恵を受ける企業を調査しました。

米国が原子炉最大10基を購入へ、日本の5500億ドル投資活用する可能性
米政府は電力需要の急増に対応するため最大10基の大型原子炉を購入・保有する計画を進めており、その費用は日本が拠出を表明している5500億ドル(約86兆円)規模の対米投資によって賄われる可能性がある。

インパクトが大きい3社

今回のAP1000中心の枠組みで恩恵が大きいと推測ですが考えられる日本企業は次の3社です。

順位 企業 理由の要約
1 日本製鋼所 5631 原子炉圧力容器など超大型鍛造品で世界シェア約80パーセントとされる。AP1000を含む大型炉に不可欠な重鍛造部材を供給できる数少ないメーカーで、増設基数が増えればほぼ自動的に受注が積み上がる構造。
2 IHI 7013 米国向けAP1000の格納容器4基を実際に設計製作し出荷した実績がある。今回の対米投資スキームでもWestinghouseの日本側パートナー候補として名指しされており、追加受注の蓋然性が高い。
3 三菱重工業 7011 中国の三門原発などでAP1000用蒸気タービン発電機を受注した実績があり、タービン島で大口売上を取れる位置にある。日米枠組みの説明でも日本側有力サプライヤーとして言及されている。

以下、各社ごとに「なぜ今回のスキームと直結しやすいのか」「売上規模をどの程度と見るか」「どんな反対意見があり得るか」を分解していきます。

1位 日本製鋼所 超大型鍛造品というボトルネックを握る

AP1000と今回スキームへの接続

大型炉の圧力容器や蒸気発生器などの主要部材は、14000〜15000トン級プレスで500トン超の鋼塊を鍛造できる設備が無ければ製造できません。こうした超大型鍛造能力を持つ事業者は世界的にもごく少数で、日本製鋼所JSWはその中でも最大手です。

World Nuclear Newsによれば、JSWは原子炉圧力容器や蒸気発生器、タービン主軸といった大型鍛造品で世界シェア約80パーセントを占めるとされています。 また、過去の国際レポートでも「一定クラス以上の原子炉圧力容器を一体鍛造できるのは当時JSWの単独だった」といった記述があり、供給能力が国際的なボトルネックになってきた歴史があります。

今回の米国案件では、日本の投資コミットメントの一部で約80億ドル規模のWestinghouse AP1000群が建設されると報じられており、想定基数は8〜10基程度とされています。 AP1000を8〜10基追加建設するなら、その多くで日本製鋼所製の圧力容器や主要鍛造品を使う可能性が高い構造です。

売上規模のイメージ

原発1基あたりの総建設コストは案件ごとに大きく異なりますが、AP1000クラスだと1基約80億〜100億ドル規模と報じられています。 このうち圧力容器や蒸気発生器など重鍛造品が占める比率は文献によって幅がありますが、設備費の中でかなり大きいウエイトになるのは確かです。

具体的な単価は公開情報が乏しく、複数の専門資料を踏まえると、原子炉1基あたりの大物鍛造品売上が数億ドルになるケースは珍しくありません。

AP1000を8〜10基建設し、その圧力容器や主要鍛造品の大部分を日本製鋼所が受注する前提なら、累計で数千億円規模の追加売上ポテンシャルがあると考えるのが自然です。もちろん全基をJSWが独占する保証はなく、他国メーカーに一部シェアを奪われるシナリオもあり得ます。

日本製鋼所に対する懸念の考慮

一方で、日本製鋼所が「一人勝ち」とまでは言えない理由もあります。

  • 米国側がサプライチェーンの集中を嫌い、韓国Doosanなど他の大型鍛造メーカーの比率を意図的に高める可能性。
  • 米国内産業育成のため、JSWに技術供与と現地合弁工場建設を求め、売上の一部が米ローカル法人に移る可能性。
  • そもそも80億〜100億ドルのAP1000案件自体が政治要因で縮小するリスク。

したがって、日本製鋼所は「今回スキームの恩恵を受ける確率が高い筆頭候補」ではありますが、期待値だけを膨らませるのは危険です。

2位 IHI 格納容器4基の実績と名指しのパートナー候補

AP1000での具体的な実績

IHIはAP1000向けの格納容器で、すでに米国案件で実績を持っています。2015年のプレスリリースによれば、IHIは米国のAP1000原発4基分の鋼製格納容器を設計製作し、2010年から2015年にかけて順次出荷を完了しました。

これらの格納容器は高さ約66メートル、直径40メートル超、重量約4000トンという巨大構造物であり、AP1000の安全殻として中心的な役割を担います。このクラスの構造物を米国向けに4基製作し、実際に納入した企業は世界でも限られており、IHIの実績は非常に重い意味を持ちます。

日米投資スキームでの位置づけ

米国の原子力専門メディアやシンクタンクのレポートでは、今回の80億〜100億ドル規模のAP1000支援枠について、日本企業のサプライヤ候補として三菱重工やIHI、日本製鋼所などの名前が挙がっています。

特にIHIは格納容器で既に米国向けAP1000を経験しているため、追加のAP1000群でも同様の役割を担う候補と見るのが自然です。CSISなどの分析でもAP1000の主要コンポーネントの製造企業としてIHIと日本製鋼所の名前が挙げられており、「実績×政治的に受け入れやすい日本企業」という組み合わせを考えるとサプライチェーンの中核に置かれやすいと考えられます。

売上規模のイメージ

格納容器の契約金額は公開されていないため、AP1000の総設備費に占める安全関連構造物の比率を踏まえると、1基当たり数百億円クラスの受注であっても不自然ではありません。

今後8〜10基のAP1000で格納容器や関連鋼構造物の相当部分をIHIが受注するなら、累計の追加売上ポテンシャルは同じく数千億円ゾーンに入ってくる可能性があります。ここも正確な単価は公開されておらず、専門家の試算が必要です。

加えて、SMRや他のエネルギーインフラ案件でもIHIはボイラやタービン補機、配管モジュールなどで関与し得るため、AP1000以外の回路からも売上上振れ余地があります。

3位 三菱重工業 タービン島での大口案件と周辺ビジネス

AP1000用タービン発電機の実績

三菱重工業MHIは、中国の三門Sanmen原発向けにAP1000用蒸気タービン発電機パッケージを受注した実績があります。2007年の発表では、三門原発向けに2セットのタービン発電機と付帯機器を供給する契約が公表され、その後、三門と海陽Haiyangで合計4基のAP1000向けタービンプラントを納入したと技報で報告されています。

タービン島は原発建設コストの中でも機器費の比率が高い領域であり、ガスタービンや石炭火力タービンと同様、1基あたり数百億円規模の売上になり得ます。正確な単価は非公開のため保留ですが、三菱重工の大型タービン案件の過去実績を見る限り、AP1000複数基をまとめて受注できれば単年度売上に与えるインパクトは無視できません。

日米投資スキームでの役割

米国の投資コミットメント分析では、WestinghouseのAP1000群だけでなく、GE Vernovaや日立と組むBWRX300などSMR案件、さらには既存火力の更新や送変電設備の近代化も含めたパッケージとして日本の5500億ドル投資が位置付けられています。

三菱重工は原子力タービンだけでなく、ガスタービン、ボイラ、CO2回収設備などで広く実績を持つため、AP1000群に加えて周辺のエネルギーインフラ案件にも横串で関与できるポジションです。つまり、AP1000単体の売上以上に「同じ資金枠の中でどれだけ別案件を取りに行けるか」が利益ドライバーになります。

原発開発をどこまで織り込むべきか

米国のローカル圧力

米国政府はAIデータセンター向け電力を国内で賄うことを国家戦略として掲げており、新設原発も雇用と産業育成の手段として位置付けられています。 このため、「重要機器の多くを日本企業に任せるのは政治的に難しい」「できるだけ米国内生産にシフトさせるべき」というローカル圧力が強まる可能性があります。

AP1000自体のリスク

AP1000は既に中国で商業運転している実績がありつつも、米国Vogtleなどでは巨額のコスト超過と遅延を経験しています。 80億ドルの枠組みが合意されたからといって、全ての基数が予定通り着工し、予定通り完工する保証はありません。途中で設計変更や政治的な見直しが入れば、受注機会そのものが減るリスクもあります。

さらに、長期的にはAP1000よりもSMR陣営が案件数を伸ばすシナリオもあり、その場合は日立やGE Vernova側の方が売上成長の軸になる可能性もあります。

豆知識米国と日本の合意内容を整理した経済団体やシンクタンクの資料では、日本企業の強みとして「超大型鍛造」「原子力タービン」「精密制御機器」の3分野が繰り返し挙げられています。一方、米国側は建設工事と運転保守、金融スキームの設計で主導権を握る構図が想定されています。

投資家が見ておくべき具体ポイント

各社IRから「本件への言及」が出るか

短期的に最も分かりやすいチェックポイントは、決算説明会やIR資料で「米国AP1000案件への対応状況」にどれだけ言及が出るかです。引き合い件数、見積提出の有無、工場増強計画などが具体的な数字を伴って語られるようになれば、初めて売上シナリオを定量化できます。現時点ではそうした情報はありません。

設備投資計画と人員増強

大型鍛造や格納容器、タービンは短期間で増産できる製品ではありません。日本製鋼所やIHI、三菱重工がAP1000案件を本気で取りに行くなら、国内外の工場増強や熟練人材の確保が必要になります。

逆に言えば、大きな設備投資や採用強化が見られない場合、その企業は案件をあえて取りに行かない可能性もあります。

日本国内の原発再稼働との組み合わせ

最後に、日本国内の原発再稼働や新増設議論との相互作用も無視できません。日本製鋼所や三菱重工にとっては、国内の原子力関連投資と米国案件が重なれば、設備稼働率と採算性が一気に改善する一方で、リソースが逼迫し案件選別が必要になるリスクもあります。

国内外両方を同時に追うのか、どちらかに重点を置くのかという経営判断が、数年スパンで業績を左右する可能性があります。

今回のニュースをどう位置付けるか

日米の新しい投資枠組みは、見出しだけを追うと「日本企業が原発で巨大な商機」といったイメージを持ちがちですが、実際には契約はまだ何も固まっておらず、数字も大きなレンジでしか語れません。現時点で言えるのは、

第一に、AP1000やSMRの建設が本当に進むなら、超大型鍛造品と格納容器、タービンという3つの領域で日本企業が強烈な比較優位を持っていること。第二に、その中でも日本製鋼所、IHI、三菱重工が「今回の枠組み由来の追加売上を取りに行きやすいポジション」にいること。第三に、ローカルコンテンツ圧力やプロジェクトリスクのせいで期待値がそのまま実現するとは限らないことです。

投資家目線で重要なのは、「見出しの大きさ」ではなく、「どの会社がどの機器を何基分受注し得るか」「そのためにどれだけ設備と人に投資するか」を冷静に追うことです。ニュースに飛びついて短期で値動きだけを追いかけるよりも、数年単位で案件の立ち上がりと各社の対応を観察できる人にこそ、このテーマは意味を持ちます。

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