『医者に殺されない47の心得 必携版』は、医療に対して強い不信をあおる本に見えます。ですが、読みどころは単純な反医療ではありません。医療は善意だけで動く世界ではなく、制度と慣習とビジネスが絡む以上、患者側が無防備だと損をする場面がある。その現実を、挑発的な言葉で正面から突いてきます。タイトルの過激さに反発する人ほど、内容の核心に気づきにくいタイプの本です。
著者の近藤誠氏は、がんの放射線治療に長く関わり、乳房温存療法の普及などでも知られた医師です。その立場から、検査と治療が増えすぎた現代医療の構造を批判し、患者が主体性を取り戻すべきだと訴えます。つまり本書は、医療を否定するより前に、医療と交渉するための眼鏡を渡そうとします。
この本が突きつけるのは医者ではなく仕組み
本書の第一の論点は、私たちが医療に期待しすぎているという点です。検査を受ければ安心できる。薬を飲めば安全になる。早く見つければ助かる。こうした分かりやすい物語は、患者の不安を一時的に軽くします。一方で、検査には偽陽性や偶然の発見があり、治療には副作用や合併症があり、医療に触れるだけで生活の質が落ちることもあります。近藤氏は、その損得が十分に説明されないまま医療介入が積み上がる状態を強く疑います。
ここで大事なのは、医師個人の善悪に話を縮めないことです。多くの医師は患者のために動いています。それでも、ガイドラインに沿って検査や投薬が増えやすい仕組みがあり、医療機関の運用上も、疑いを残したまま帰すより検査へ回すほうが安全側になりがちです。患者側が損得の構造を知らないと、必要以上の医療に流されます。
がんの議論は刺激が強いほど慎重に扱うべき
本書で最も議論を呼ぶのは、がんに関する主張です。近藤氏は、転移するがんと転移しないタイプを強く分け、後者を見つけて治療することが害になり得ると語ります。これは読者に、治療は正義という思い込みを揺らす効果があります。一方で、この枠組みを一般化して、検査や治療を一律に否定する読み方は危険です。実際、近藤氏の理論や提案に対しては、専門家側から強い反論が継続して出ています。
ただし、近藤氏の問題提起が全て的外れという話でもありません。がん検診には、命を救う可能性と同時に、見つけなくてよいがんを見つけて治療してしまう問題があります。これは過剰診断として、公的機関も用語として整理しています。つまり、検診や早期発見が常に得になるわけではないという点は、医療側も認めている論点です。
豆知識
過剰診断とは、見つけても本人の寿命や健康にほとんど影響しないがんを診断し、治療まで進んでしまうことです。がんの成長が非常に遅い場合や、高齢で別の原因で亡くなる可能性が高い場合に起きやすいとされています。
この本を実用書として読むためのコツ
本書の価値は、医療を信じるか疑うかの二択を迫る点ではありません。患者が医療の場で、質問を増やし、選択肢を確認し、納得できる形に落とすための材料になる点です。逆に言うと、結論だけを抜いて自分に当てはめると事故が起きます。特にがん、心臓、脳血管、感染症のように、遅れが致命傷になり得る領域では、自己判断の範囲を狭く取るべきです。
読み方の基準は単純です。近藤氏の断言を、行動命令として受け取らないことです。断言は問いに変換します。自分のケースでは利益と不利益はどちらが大きいのか。代替案は何か。何もしない選択はあるのか。こうした質問へ変換できた時、本書は武器になります。
| 場面 | 医師に確認したいこと | 判断の軸 |
|---|---|---|
| 検査を勧められたとき | この検査で何が分かり、結果で行動がどう変わるのかを確認します。 | 結果が治療方針を変えないなら、検査の意味は薄くなります。 |
| 薬を始めるとき | 期待できる効果と、副作用や中止条件を具体的に聞きます。 | 数値を整えるためか、将来のリスクを下げるためかで重みが変わります。 |
| 手術や強い治療の前 | 治療しない場合の見通しと、治療する場合の合併症の確率を聞きます。 | 延命の可能性と生活の質の低下を同じ土俵で比べます。 |
| 経過観察と言われたとき | 観察の間隔と、悪化のサイン、次の一手を事前に決めます。 | 放置ではなく監視です。ルールがない観察は不安だけが増えます。 |
| 説明が腑に落ちないとき | セカンドオピニオンで結論が変わり得る論点を聞き出します。 | 意見が割れる領域ほど、情報の追加が価値を持ちます。 |
医療との距離感は怖がるより設計するもの
本書が訴える距離感は、受診拒否ではありません。医療を万能視しないという姿勢です。医療は強力ですが、万能ではありません。検査には不確実性があり、治療には代償があります。そこを直視して、自分が守りたいものを明確にする。長さを最優先にするのか、痛みの少なさを優先するのか、日常生活の維持を最優先にするのか。優先順位が定まるほど、医療の選択はぶれにくくなります。
現代医療は、進歩したぶんだけ選択肢が増えました。増えた選択肢は、何もしない自由も含みます。ただし、その自由は説明責任とセットです。医師の説明が不足していると感じたら、遠慮なく具体を求めるべきです。質問が多い患者は厄介ではなく、事故を減らす患者です。

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