ビジネスの現場でよくある悩みに、100年以上前の心理学者がすでに答えを出していたとしたら、あなたはどう感じますか?
レビューするのは、小倉広氏が著した『アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社・2014年)です。アドラーといえば「嫌われる勇気」で一気に知名度が上がりましたが、この本はそれより読みやすく、より実践的な名言集として多くのビジネスパーソンに支持されています。
著者・小倉広氏とはどんな人物か
著者の小倉広氏は、組織人事コンサルタントとしてビジネス書を多数執筆してきた実務家です。代表作に『任せる技術』(日本経済新聞出版社)や『自分でやった方が早い病』(星海社新書)などがあり、リーダーシップやコーチングで悩んでいたときにアドラー心理学に出会ったことが、この本を書くきっかけになりました。
アドラーの伝道者として知られる岩井俊憲氏に師事し、心理カウンセラーの資格も持つ小倉氏だからこそ、難解になりがちなアドラー心理学をビジネスの文脈で噛み砕いて説明できるのでしょう。単なる翻訳ではなく、現場経験を持つ人間の言葉として書かれているところが、この本の最大の強みと言えます。
本書の構成と特徴
本書は100の言葉を10のテーマに分けて構成されています。見開き1ページで1つの言葉と解説が完結するため、忙しいビジネスマンでも通勤時間にパラパラと読み進められるのが嬉しいポイントです。
| 章 | テーマ | ビジネスでの活用シーン |
|---|---|---|
| 第1章 | 自己決定性(すべてあなたが決めたこと) | 主体的な仕事への姿勢 |
| 第2章 | 劣等感(そのままの自分を認めよ) | 自信のなさを成長へ変換する |
| 第3章 | 感情(感情には隠された目的がある) | 怒りや不満のコントロール |
| 第4章 | ライフスタイル(性格は今この瞬間に変えられる) | 固定観念・思考パターンの見直し |
| 第5章 | ライフタスク(あらゆる悩みは対人関係に行き着く) | 職場の人間関係の整理 |
| 第6章 | 家族構成(家族こそが世界である) | 自分の行動パターンの根本理解 |
| 第7章 | 教育(叱ってはいけない、ほめてもいけない) | 部下・後輩の育て方 |
| 第8章 | 共同体感覚(幸せになる唯一の方法は他者への貢献) | チームワークとモチベーション |
| 第9章 | 勇気(困難を克服する勇気を持て) | 挑戦することへの背中押し |
| 第10章 | 課題の分離(他人の課題を背負ってはいけない) | 悩みの原因を切り分ける |
ビジネスマンにとって特に刺さる3つのテーマ
1. 感情は「コントロールされるもの」ではなく「使うもの」
本書のなかで驚くのが、アドラーの感情論です。私たちは普段、「つい怒ってしまった」「感情的になってしまった」と、まるで感情に操られているかのように語ります。しかしアドラーはそれを真っ向から否定します。
アドラーの目的論によれば、人は感情に動かされるのではなく、目的を達成するために自ら感情を生み出しているのです。たとえば会議で部下を大声で叱りつける上司は、感情をコントロールできなかったのではなく、「相手を従わせる」「自分の優位性を示す」という目的のために怒りという感情を意図的に使っているという解釈です。
これは最初、かなり衝撃的な視点です。しかし職場で起きているさまざまな感情的なやり取りを思い返してみると、確かに思い当たるふしがあるのではないでしょうか。この視点を持つだけで、職場での感情的なトラブルへの対処法がガラリと変わってきます。
2. 「叱る」も「褒める」も実は間違いだった
部下マネジメントに悩むリーダー層に特に読んでほしいのが、第7章の教育論です。アドラーは「褒めることは上から目線の支配であり、叱ることも同様に相手をコントロールしようとする行為である」と言い切ります。
これはとても重要な指摘です。私たちは「褒める育て方が良い」と信じて部下を褒め続けることがありますが、アドラーに言わせれば、それは評価する側とされる側という縦の関係を強化してしまうだけなのです。アドラーが推奨するのは「感謝」です。「よくやってくれた、ありがとう」という横の関係での声かけが、相手の自立心と内発的モチベーションを育てるとアドラーは説きます。
日本の多くの職場で行われているフィードバックのやり方を根本から問い直す視点であり、管理職として働く人には特に考えさせられる内容です。
3. 「課題の分離」がストレスを劇的に減らす
本書のクライマックスとも言えるのが、第10章の「課題の分離」です。アドラーは「あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に介入するか、自分の課題に他者を介入させるかのどちらかによって起きる」と説明しています。
たとえば、「部下が報告をしっかりしてくれない」という悩みを考えてみてください。上司であるあなたが報告しやすい環境を整えること、報告の重要性を伝えることは自分の課題です。しかし実際に報告するかどうかは部下自身の課題であり、そこに土足で踏み込んでも関係が悪化するだけなのです。
これはビジネスの現場で起きる多くのストレスに直結します。他人を変えようとして消耗するのではなく、自分にできることに集中するという考え方は、実践できれば仕事のストレスを大幅に減らしてくれるでしょう。
豆知識:アドラーは「自己啓発の父」だった
アルフレッド・アドラー(1870年〜1937年)はオーストリア出身の精神科医で、フロイト・ユングと並ぶ心理学の三大巨頭の一人です。しかし実は、現代の自己啓発書の源流を遡ると多くがアドラーにたどり着きます。世界的ベストセラー『7つの習慣』のコヴィー博士や、『人を動かす』のカーネギー、コーチング・NLPといった手法も、アドラーの考え方から多くの影響を受けています。「自己啓発の父」とも呼ばれるゆえんがここにあります。
「嫌われる勇気」との違い、どちらを先に読むべきか
アドラー心理学の入門書として圧倒的な知名度を誇る「嫌われる勇気」と本書を比べる読者も多いようです。「嫌われる勇気」は哲学者と青年の対話形式でドラマチックにアドラーの思想を伝える読み物として非常に完成度が高い一冊です。
一方、本書は100の名言に分割されているため、どこからでも読めて、一つの気づきを持って本を閉じられるという使いやすさがあります。通勤中に数ページ、行き詰まったときに一節だけ、といった使い方ができるのは名言集形式ならではの強みです。
ビジネスマンとしての率直な意見を言えば、この本を先に読んでアドラーの世界観に慣れておいてから「嫌われる勇気」を読む、という順番が最もスムーズに理解が深まるルートだと感じました。アドラーの言葉の全体像を把握した上で、対話形式のストーリーを読むと、内容が驚くほどすんなり入ってきます。
この本が特に刺さる人、逆に合わない人
本書が特に役立つのは、部下の育成や職場の人間関係に課題を感じているビジネスマン、自分の感情的な反応に振り回されていると感じている人、過去の失敗や他人の評価をいつまでも引きずってしまいがちな人です。アドラーの言葉は時に厳しく、「それはすべてあなた自身が選んでいる」と迫ってきます。しかし、それはあなたが変われる力を持っているという裏返しでもあります。
逆に注意が必要なのは、精神的にかなり疲弊している状態のときです。アドラーの自己責任論は前向きな人間には力強い後押しになりますが、心が弱っているときに読むと「すべて自分のせい」と追い詰められてしまう可能性もゼロではありません。コンディションが整っているときに読むのがおすすめです。
ポイント:アドラーが日本で注目されたきっかけ
アドラー心理学が日本で広く知られるようになったのは、2013年に出版された岸見一郎・古賀史健共著の「嫌われる勇気」がきっかけです。同書はシリーズ累計300万部を超えるベストセラーとなり、テレビドラマ化もされました。これをきっかけにアドラー関連書籍への関心が高まり、本書のような名言集や解説書も多くの読者に読まれるようになりました。フロイト・ユングと並ぶ巨人でありながら長年日本での知名度が低かったアドラーが、約100年の時を経て急速に再評価されたのは、現代のビジネスや人間関係の悩みにアドラーの思想がまさにフィットしていたからと言えるでしょう。
読後にできる3つの実践アクション
本を読んで「なるほど」と感じて終わりにしてしまうのはもったいないです。本書を読んだ後すぐに取り組めるアクションを3つ提案します。
アクション1:今日から「ありがとう」に変換する
部下や同僚に対して褒め言葉として使っていた「よくできたね」「さすがだね」を、「助かった、ありがとう」という感謝の言葉に変えてみてください。最初は少し照れくさいかもしれませんが、相手の反応がどう変わるか、ぜひ観察してみてください。
アクション2:悩みを「自分の課題」と「他人の課題」に仕分ける
今抱えている仕事上の悩みを一つ挙げて、「自分が変えられる部分」と「相手・環境が変わらないと解決しない部分」に分けてみてください。自分の課題だけに集中することで、消耗するエネルギーがぐっと減るはずです。
アクション3:「なぜ怒ったか」を振り返る
次に誰かに対して怒りを感じたとき、少し立ち止まって「私は今、何のためにこの感情を使っているのだろう?」と自問してみてください。その瞬間の目的に気づくだけで、感情に飲み込まれずに対処できる可能性が格段に上がります。
総評
本書のタイトル「人生に革命が起きる」という言葉は、少々大げさに聞こえるかもしれません。しかし実際に読み進めていくと、100年以上前に生きたアドラーが現代のビジネス現場の課題を驚くほど的確に射抜いていることに気づかされます。
この本は一度読んで終わりではなく、仕事で行き詰まったとき、人間関係で悩んだとき、モチベーションが下がったときに繰り返し手に取れる実用書です。見開き1ページで完結する構成のおかげで、どこを開いても何らかの気づきが得られます。デスクの引き出しや鞄の中にいつも入れておきたい一冊です。
特にリーダー職の方、マネジメントに悩む方、職場の人間関係でストレスを感じている方には強くおすすめします。アドラー心理学をはじめて学ぶ方の入門書として、そしてすでに「嫌われる勇気」を読んだ方の理解を深める副読本として、どちらの立場の方にとっても読む価値があります。

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