3月14日深夜、トランプ米大統領がSNSで日本や中国、フランス、英国、韓国に対して艦船派遣を名指しで要求しました。そして翌15日朝には「ホルムズ海峡を通じて石油を輸入している国々は航路の安全確保に責任を持て」と重ねて主張しました。
同じタイミングで、イランが「人民元で決済するタンカーなら通過を認める」という案を検討しているというニュースが流れ、世界のエネルギー秩序の根幹を揺るがす話として波紋を広げています。
ホルムズ海峡は今どうなっているのか
事態の発端は2026年2月28日、米国とイスラエルによるイランへの大規模軍事攻撃です。イランのハメネイ最高指導者が死亡したと国営メディアが伝え、イランは直ちに報復措置に動きました。イラン革命防衛隊がホルムズ海峡を通過する船舶への攻撃を警告し、日本郵船・川崎汽船・商船三井をはじめとする海運各社が通峡を停止。海峡は3月1日から2日にかけて事実上の封鎖状態に入りました。
英国の海運情報会社ロイズ・リスト・インテリジェンスによると、3月1日から11日の間にホルムズ海峡を通過した船舶はわずか77隻です。前年同期(2025年3月1〜11日)の1,229隻と比較すると、その深刻さが一目でわかります。現在通過できているのは大半が「影の船団」と呼ばれる制裁対象船舶に限られています。
3月12日時点で、ペルシャ湾内に原油を積んだまま待機するタンカーは68隻に達しており、攻撃前日の39隻から約1.7倍に膨らんでいます。ペルシャ湾が「海上倉庫」と化している状況です。イランの新たな最高指導者モジタバ・ハメネイ師は就任後初の声明で「ホルムズ海峡閉鎖のレバーは引き続き利用する」と述べており、封鎖姿勢を維持する意向を明確にしています。
ホルムズ海峡とは:
ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ幅約50kmの海峡で、世界の原油・LNG輸送の約2割が通過するエネルギーの大動脈です。サウジアラビア、UAE、クウェート、イラク、カタールなど主要産油国の輸出がほぼすべてここを通ります。日本は原油輸入の約94%を中東に依存しており、そのタンカーの約8割がこの海峡を経由しています。
「封鎖」だが中国向けは通っている
ここで一つ、重要な事実を押さえておく必要があります。この「封鎖」は、実は全方位の封鎖ではありません。
封鎖後も、イランは中国向けの原油輸送を継続しています。2月時点の対中輸出量は2018年以降最高水準の日量216万バレルに達していたと報告されており、封鎖後も中国関連を示す船舶は通過できているケースが確認されています。3月7日には「中国人船主・乗組員全員」という目的地信号を発信したリベリア船籍の貨物船が、封鎖後いち早く海峡を通過したことがブルームバーグによって報告されています。
つまり実態は、「西側諸国向けの選択的封鎖」です。中国外務省は「国際社会の共通利益として安定維持を求める」と表向きは中立姿勢を取りながら、実際には自国のエネルギー調達を粛々と確保しています。この二重構造を理解しないと、今の局面の本質を見誤ります。
「人民元決済なら通過容認」でドルの覇権へ挑戦
3月13〜14日、CNNがイランの高官の話として報じた「石油の取引を人民元で行うことを条件に一部のタンカーの通過を認める案を協議している」というニュースは、エネルギーと金融の両面から世界秩序を問い直す話として注目を集めました。
現在、国際的な石油取引はほぼすべてドル建てで行われています(ペトロダラー体制)。この体制が1974年に確立されて以来52年間で、世界の最も重要な海上チョークポイントで「人民元を条件とした通行許可」が現実として機能し始めるとしたら、それは金融面での前例となります。
ただし、この話を「ドルの終わりの始まり」と単純に受け取るのは早計です。中国のアナリストたち自身が、運用上の実現可能性とセキュリティリスク、さらに米中関係を悪化させる可能性を理由に慎重な見方を示しています。人民元は国際市場での流通基盤がまだドルに遠く及ばず、多くの国が人民元を受け取っても再び使う先が限られるという構造的な制約があります。
| 立場 | 人民元決済案への温度感 | 背景にある本音 |
|---|---|---|
| イラン | 積極的に検討 | ドル制裁を回避し原油輸出を維持したい |
| 中国 | 慎重・実利優先 | エネルギー確保は歓迎だが米中摩擦の激化は避けたい |
| 米国・西側 | 強く警戒 | ペトロダラー体制の崩壊はドル覇権の根幹を揺るがす |
| 日本 | 選択肢なし | 日米同盟上、人民元決済での通過は政治的に不可能 |
日本にとって特に深刻なのは、「人民元決済という選択肢が政治的に存在しない」という点です。中国やインドは部分的にでもこのルートを使える可能性があるのに対し、日本だけが西側同盟国として完全にその選択肢を閉ざされています。この非対称性は、封鎖が長期化するほど日本経済に対して重くのしかかります。
豆知識:ペトロダラーとは:
1974年に確立された「石油はドルでのみ売買する」という国際秩序のことです。産油国がドル建て以外での石油販売を拒否することで、世界中がドルを保有する必要が生まれ、ドルが基軸通貨の地位を維持してきました。この体制が崩れると、ドル需要が減少し、米国の金利上昇圧力や米国債の下落につながるとされています。
アメリカが本当に狙っている中東混乱の深層
今の中東情勢を「単なるイランとの対立」として見ると、全体像を見誤ります。地政学的な文脈で見ると、もう一枚大きな絵が浮かび上がります。
キーワードは「一帯一路の遮断」です。中国が掲げる一帯一路構想は、中央アジアから中東を経由してヨーロッパへとつながる陸上・海上の巨大経済圏を構築するものです。その陸路の要衝となるのがイラン、イラク、シリアという3国です。これらの国で現体制が崩壊するか、親米化が進めば、中国がユーラシア大陸を横断して欧州へアクセスするルートを物理的に断ち切ることができます。
さらにもう一つの狙いが、米軍のリソース再配置です。中東の安定化と世俗化が進めば、米軍が中東に割いてきた膨大な戦力・予算をインド太平洋(台湾・南シナ海・東シナ海)の対中抑止に集中させることができます。トランプ政権がNATO諸国に防衛費負担増を強く求めているのも、この「中東から手を引いてアジアに集中する」戦略の一環として読むことができます。
この視点で見ると、米国が日本に艦船派遣を名指しで要求してきた意味も変わります。単に「航路を守れ」という話ではなく、米国が描く新しい安全保障の枠組みに日本を引き込もうとしているプロセスの一部です。
日本に残されたリスクと浮上する役割
率直に言えば、今の局面において米国が信頼できる協力先として頼れる国は、選択肢が非常に限られています。欧州はウクライナ対応で手一杯で、中東への追加関与に動ける余力は乏しい状態です。韓国は国内政治の混乱が続いており、安定したパートナーとしての機能が低下しています。中国とロシアは言うまでもなく対立側にいます。インドは戦略的自律性を優先し、どちらの陣営にも明確に加担しない方針を崩していません。
消去法で残るのが日本です。地理的に近く、経済規模があり、技術力があり、自衛隊という実力組織を持ち、米国との同盟基盤がある。積極的に選ばれているというより、米国が頼れる先として残っているという表現の方が実態に近いかもしれません。
これは日本にとって、防衛産業・造船・インフラ輸出・エネルギー関連技術といった分野への需要が構造的に高まる可能性を意味します。ただし同時に、安全保障上のコスト負担増や、中国との摩擦激化というリスクも抱き合わせで来ます。日本経済へのプラス面を語るとき、このコスト側も同時に意識しておく必要があります。
電気代・ガソリン・食料はどうなるか
地政学の話が続きましたが、生活への影響という視点も忘れてはいけません。封鎖が続くと、家計には複数の経路から同時に打撃が来ます。
まず電気代です。日本の発電の約4割は天然ガス(LNG)によるものです。LNGはカタールやUAEから大量に輸入されており、その輸送ルートはホルムズ海峡を通ります。LNG価格が上昇すると電気料金は急上昇し、2022年のエネルギー危機では電気料金が1.5倍から2倍近くに跳ね上がった実績があります。原油よりもLNGの動向こそが、日本の家計に直接効いてくる指標です。
次にガソリン価格です。ニッセイ基礎研究所の試算では、封鎖が2〜3カ月続き原油が110ドルに達した場合、ガソリンは1リットル204円前後まで上昇する可能性があります。政府の補助金(激変緩和措置)が機能しなければ、200〜250円超という水準も視野に入ります。
そして見えにくいのが食料価格への影響です。エネルギーコストが上がると物流費が上がり、農業用燃料費が上がります。さらに窒素肥料の原料となる天然ガス価格の上昇が、数カ月後に農作物の生産コスト増として表れてきます。スーパーの棚の値段は、今すぐではなくじわじわと上がってくる性質のものです。
これらが同時進行するとき、実質賃金はさらに下押しされ、個人消費の冷え込みというかたちで日本株全体の業績見通しに影を落とすことになります。
来週(3月16〜22日)の膠着継続シナリオで何が起きるか
来週は「膠着状態の継続」です。軍事行動と外交交渉が並走し、封鎖が部分的に続くものの劇的な悪化も劇的な改善もない状態です。この場合、原油価格はWTIで85〜100ドル台の高止まりを維持し、日経平均は5万2,000〜5万5,000円のレンジで神経質な動きを続けることが想定されます。
このシナリオの変数は、3月19日の日米首脳会談です。日本がホルムズ海峡防衛への協力をどこまで約束するか、あるいは慎重姿勢を示すか。その内容次第で、市場は日本の安全保障コストと日米関係を再評価します。明確な協力表明が出れば防衛関連セクターが上昇しやすく、曖昧な回答にとどまれば円安・エネルギー高の長期化懸念で内需株が売られやすくなります。
このシナリオが崩れるとしたら、どちら方向かも頭に入れておきましょう。上振れは、トランプ大統領が国内ガソリン価格高騰を受けて停戦・交渉転換に急旋回するケースです。下振れは、機雷の実際の敷設確認や米軍との直接衝突激化で、その場合JPモルガンが試算する原油100ドル超えが現実になり、日経平均4万円台後半への急落も否定できません。3月9日に4,200円超の急落が一日で起きた事実は、常に念頭に置いておく必要があります。
個人投資家はどう動くべきか
今の局面で最も大切なのは、「予想が外れたときのダメージを小さくすること」です。
確認すべき3つの指標があります。一つ目は原油先物(WTI)です。80ドル台前半なら市場は落ち着きを保てますが、100ドルを超えると大きな売り圧力がかかります。二つ目はドル円相場です。原油高と円安が同時進行しているなら、日本株への痛みは一段大きくなります。三つ目は業種別騰落率で、市場が何を嫌い、どこに資金が逃げているかが把握できます。
セクター別の方向性としては、資源・エネルギー関連(INPEXなど石油開発上流)は原油高の恩恵を受けやすい立場にあります。防衛・造船関連は日米安全保障の深化という文脈で構造的な需要増加が見込まれます。一方、航空・食品・物流・化学などエネルギーコストが直撃する業種への新規投資は、状況が落ち着くまで慎重な姿勢が賢明です。
現在の日本国内には約254日分の石油備蓄があり(政府発表)、政府は「直ちに影響はない」という立場を維持しています。しかし備蓄が消費されていく中で企業活動への影響が顕在化し始めます。封鎖が3カ月以上長期化した場合には、今は見えていない産業への実質的なダメージが無視できない水準になってくると見ておく必要があります。
長期投資の文脈では、三井住友DSアセットマネジメントが「原油価格が100ドルを長期に定着しない限り、世界経済や金融市場への影響は限定的」として日経平均の2026年末目標を6万1,500円に据え置いています。日本株の中長期的な構造改善(企業統治改革、賃上げの好循環)という本質的な評価は変わっていないということです。今の混乱を「相場の本質が変わった」と受け取るのか、「一時的なノイズ」として受け取るのかは、自分の投資期間と保有ポートフォリオの耐性次第です。


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