皇居の中心部に位置し、最も格式高いとされる「松の間」。しかしその外観について、「まるで体育館」「質素すぎる」といった声がSNS上で散見されます。

確かに一見した印象では、装飾の少ない現代建築のように映るかもしれません。しかし、そこには日本文化特有の「誤魔化せない豪華さ」が隠されていました。とりわけ、床材に注目すると、その壮絶なこだわりとコストに誰もが驚かされることでしょう。
写真では伝わらない床の“真の姿”
まず注目すべきは、「松の間」の床に使われている欅(ケヤキ)の無垢材です。宮殿内で唯一の板張りの床であり、その広さは370平方メートル(約112坪)にもなります。使用されている欅材は、幅約80cm、厚さ4.5cm、長さ5.4mという堂々たるサイズ。それが87枚並べられています。
これだけのサイズの欅材は、家具用でも滅多に見かけないレベルの高級木材です。しかも、赤身で無節、板目の美しいものとなれば、まさに木材界の“御神木”といえるほどの代物です。
床材だけで1.9億円!
それでは、この贅沢な床にどれほどの費用がかかっているのか、実際に計算してみましょう。
- 1枚あたりの体積:0.8m × 5.4m × 0.045m = 約0.1944立方メートル
- 全体の体積:0.1944㎥ × 87枚 = 約16.9立方メートル
- 高級欅材の相場:1㎥あたり約115万円(無節・赤身・乾燥済みの上物)
- 材料費:16.9㎥ × 115万円 ≒ 約1億9435万円
つまり、床材の材料費だけで約1.9億円という計算になります。これはすでに並の住宅が数軒建てられる金額です。
施工・加工費を加味すると…
ここに、製材、乾燥、加工、現場での施工、養生、将来の維持管理費まで含めれば、さらに金額は跳ね上がります。通常、このクラスの施工では材料費の2〜2.5倍が相場です。
豆知識: 欅は、日本建築において最も格式高い木材のひとつで、神社仏閣や能舞台など、最上位の建築物にしか使われません。無節で赤身の材は特に希少で、美しい木目と耐久性から“和の宝石”と称されることもあります。
そのため、松の間の床にかかった総費用は約3.8億〜4.9億円に上ると見積もられます。これは一般的な住宅でいえば10〜20軒分に相当する額です。
「質素に見える」ことの本当の意味
現代の宮殿建築は、国民主権の象徴として、あえて過剰な装飾を避けています。しかし、それは単なる倹約ではありません。むしろ「見る人が見ればわかる」ような、本物の素材と職人技で構成された空間こそが、皇室の権威を静かに支えているのです。
写真や動画で見ると「体育館のよう」と揶揄される松の間。しかし、そこに足を踏み入れた瞬間、静かな木の香りと足元に広がるケヤキの重厚な木肌が、その印象を一変させるはずです。
本物の力
皇居・松の間の床材は、素材、サイズ、加工すべてにおいて日本の頂点といえる構造を誇っています。表面的な豪華さではなく、見えない部分にこそ最高の贅を注ぐ、それが日本建築の美意識であり、文化の奥深さです。
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