世界を旅し、海外事情を肌で知る人間ほど、逆説的に「やはり日本に住み続けるしかない」と苦笑する場面に出くわします。
移住の現実と心理の両面から掘り下げていきます。
「脱出願望」が可視化される時代
2026年2月現在、SNS上では「日本国籍離脱ガイド」が驚くべき速度で拡散されています。ウルグアイ、ポルトガル、アイルランド、カナダ、セルビア——それぞれの国への帰化に必要な年数や語学要件を並べたコンテンツが多くの人の共感を集めています。読んだ人々の声は様々です。「希望が見えた」という人もいれば、「自分には無理だとわかって余計つらい」という声もあります。
この現象は、単なる一時的な政治不満ではないと思います。外務省の統計によれば、2024年10月時点で海外在住の日本人は長期滞在者・永住者合わせて約129万人に上ります。「逃げたい」という感情はすでに統計に反映されるほど実体化しています。

世界を旅してわかった「日本の客観的な強さ」
外国に長期滞在した人間が最終的にたどり着く結論のひとつは、生活インフラの総合力という点で、日本は世界でも別格に高い水準にあるです。
夜中に一人でコンビニへ歩いていける国が、地球上にどれほど存在するでしょうか。コンビニのトイレが清潔で、電車が時刻表通りに来て、財布を落としても戻ってくる確率が世界で最も高い国のひとつ。これは「あって当然」ではなく、世界的に見れば奇跡の住環境です。
食文化の豊かさも見逃せません。1000円以下で食べられる牛丼やラーメンのクオリティ、スーパーの惣菜の充実度、コンビニのクオリティ。これを当然と思って他国に移住した人々が最初にぶつかる壁のひとつが「食の孤独」です。ポルトガルでもカナダでもオーストラリアでも、日本のご飯が恋しいという声は移住者から後を絶ちません。
医療についても同様です。国民健康保険というシステムが整備され、救急車が原則無料で呼べる社会は、世界的に見ると極めて稀です。アメリカでは救急搬送一回で数十万円の請求が来ることがあります。カナダの医療は基本的に無料ですが、待ち時間の長さは有名で、専門医の予約に数ヶ月かかることも珍しくありません。
日本は経済力で4位、まだ20年くらい先まで10位以内なので腐っても鯛は伊達ではないと思います。
豆知識:世界平和度指数(GPI)における日本の位置づけ
国際研究機関によって毎年発表される「世界平和度指数(GPI)」では、日本は一貫して上位に位置しています。治安の良さ、軍事化の少なさ、国内紛争のなさが高く評価されており、アイスランド、アイルランド、ニュージーランドなどに次ぐ水準にあります。移住を検討する際、この指数を移住先選びの参考にする人も多いです。
それでも「出たい」という感情はなぜ生まれるのか
では、これだけ客観的に恵まれた環境に住んでいながら、なぜ多くの人が日本を脱出したいと感じるのでしょうか。ここに、この問題の核心があります。
鍵になるのは、比較の軸が変わったという点です。かつて移住を検討する際の比較軸は「快適さ」でした。物価が安いか、気候が良いか、日本食はあるか、日本人コミュニティはあるか。
しかし近年、特に政治的な不安が高まる局面では、比較の軸が「快適さ(Comfort)」から「安全性と自由(Safety and Liberty)」へとシフトしていきます。「日本より食事が劣っていても、言葉が通じなくても、とにかく徴兵されない場所の方がマシ」という考え方が生まれるとき、それはもはや移住の損得勘定ではなく、生存本能に近い動機です。
心理学でいう「学習性無力感」もここに関係します。選挙のたびに投票し、デモに参加し、SNSで声を上げても社会が変わらないと感じ続けると、人は「どうしても変わらないなら、この場所を離れるしかない」という結論に至ることがあります。これは意志の弱さではなく、繰り返される失望が引き起こす心理的な反応です。
豆知識:「心理的離脱(Inner Emigration)」という現象
物理的に国外へ出なくても、心の中で社会への関与を断ち切る「心理的離脱」という状態が研究されています。これは、外部環境への絶望感から、社会貢献の意欲を失い、できる限り社会と距離を置こうとする状態です。歴史的には独裁政権下のドイツなどでも観察された現象であり、移住を煽る記事の「読者」の多くは、実際に移住するかどうかにかかわらず、この心理的離脱の入口に立っているとも解釈できます。
「脱出ガイド」はなぜ人気を集めるのか
移住国籍取得ガイドを読んだ人の大多数が、実際には移住できないという現実です。語学力、資金力、海外で通用する専門スキル、この三拍子が揃っている人は多くありません。
それでも、それらのコンテンツが何十万回とシェアされる理由は、「いざとなれば逃げる手段がある」と知ること自体が、閉塞感を和らげる効果を持つからです。実行するかどうかにかかわらず、非常口の場所を確認したというだけで、閉じ込められた感覚が少しだけ薄れます。これは人間の心理として自然な反応です。
また、怒りや不安を「同じ気持ちの人たちと共有する」ことでカタルシスを得るという側面もあります。移住ガイドのコメント欄を見ると、内容への反応よりも自分だけじゃなかったという安堵の声が目立ちます。これは、共感ニーズです。
現実の移住にかかるコストと壁
それでも本気で移住を考えるなら、現実のコストを直視する必要があります。以下の表は、居住のみによる国籍取得が比較的短い国の概要で、さきほどのnoteにあった内容です。
ポルトガル、カナダは確かに住みやすいと思います。が、日本ほどではないです。
| 国 | 国籍取得までの目安年数 | 主な語学要件 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| ウルグアイ | 3〜5年 | スペイン語(公的試験なし) | 南米トップクラスの治安。給与水準は低め |
| ポルトガル | 5年 | ポルトガル語A2レベル | EU市民権取得可。行政手続きが遅い |
| アイルランド | 5〜6年 | 英語(公的試験なし) | EU市民権取得可。物価・家賃が高い |
| カナダ | 4〜5年 | 英語またはフランス語CLB4以上 | 永住権取得の競争率が高い。移民縮小傾向 |
この表を見ると、「国籍取得まで最短でも3〜5年」かつ「語学力と経済的自立が前提」という厳しさがわかります。さらに、移住後に直面する問題として、ビザの更新手続きの煩雑さ、孤独感、食文化の違い、医療制度の違い、老後への不安などが実際に移住した人々から繰り返し語られます。
たとえばスペインに移住した日本人ブロガーは「後悔していることを正直に挙げたら10個あった」と書いています。ビザの手続き、お金の貯まりにくさ、日本の友人や家族との疎遠。どれも移住前には想定が甘かった現実です。
海外移住はやめとけと言われる理由は、感情論ではなく具体的な体験から来ている部分が大きいのです。
それでも移住が選択肢になりうる人と条件
実際に移住して「人生が豊かになった」「精神的に解放された」という声も多いです。問題は、移住を「日本から逃げること」を目的にするか、「新しい場所で何かをすること」を目的にするかの違いです。
現実に移住が向いている人には、ある傾向がありました。まず、外国語でのコミュニケーションに抵抗がない人です。語学の壁は、移住後の孤独感と直結します。次に、職種や働き方がリモートワークや専門職に対応できる人です。現地での雇用は一般的に日本のそれより不安定で競争率が高いです。そして、「日本で当たり前のサービス水準」を手放せる人です。電車の遅延、役所手続きの遅さ、日本食の入手困難さに「仕方ない」と割り切れる柔軟さが必要です。
補足:「移住コンサルタント」に注意する理由
海外移住や国籍取得への関心が高まるほど、それをビジネスにする業者も増えます。「簡単に国籍が取れます」「投資だけで永住権が取れます」といった甘い言葉には慎重に。各国の制度は頻繁に改定されており、正確な最新情報は各国大使館や法務省の公式サイトで確認するのが基本です。特に高額な費用を要求する業者への依頼は慎重に判断してほしいです。
「日本より良い国がない」と「日本にいたくない」は矛盾しない
「日本は治安も医療も食文化も世界トップクラスで、客観的に住みやすい」という事実と、「それでも今の日本の政治や社会の方向性が怖くて、ここにいたくない」という感情は、どちらも同時に本当のことです。
快適さと自由や安全は別軸の問題だからです。どれだけ食事が美味しく、電車が時間通りに来て、治安が良くても、自分がここでどう生きていけるかわからないという恐怖は、生活の快適さで消えるものではありません。
同時に、移住は万能の解決策ではありません。移住先でも政治はあります。差別もあります。経済的な苦労もあります。どこに行っても世界は繋がっているという現実は、移住によって全てがリセットされるわけではないことを意味します。
重要なのは、移住を逃げと正解のどちらかに位置づけるのをやめることかもしれません。それは単に選択です。日本に残って闘う人も、移住して別の場所で生きる人も、心理的に離脱しながらできることをする人も、どの選択も、それぞれの文脈と状況の中で正直な判断です。
| 比較の軸 | 日本の強み | 海外(国による)の強み |
|---|---|---|
| 治安 | 世界最高水準 | アイスランド、フィンランドなど一部に匹敵する国も |
| 食文化 | 多様性・コスパで世界屈指 | 現地食への適応次第 |
| 医療アクセス | 国民健康保険で全国一定水準 | 国によっては無料だが待ち時間が長い |
| 政治的自由 | 制度上は民主主義だが方向性に懸念 | 北欧、西欧には個人の自由を重視する社会も |
| 移住のしやすさ | 日本から出る壁は低い | 受け入れ側の条件が厳しい国が多い |
住めば都ではありますが、最上の環境で暮らしていたせいで、どこに行っても減点法でみてしまうともう暮らせなくなります。
どんな選択をするにしても、それが感情に流されたものではなく、できる限り正確な情報と自分自身への正直な問いかけの上に立っていることを願っています。

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