背筋著『近畿地方のある場所について』は、投稿サイト「カクヨム」から人気を呼んだホラー・モキュメンタリー小説です。
語り手が、行方不明の友人を探すために複数の媒体から断片的な証言や資料を集め、それを再構成する形で物語が紡がれていきます。映画化もされており、原作とは異なる展開にも注目が寄せられています。
多様なメディア断片をつなぎ合わせる構造
作品の肝は、現地でのインタビューや証言、雑誌や新聞、ネット掲示板などからの引用、そして投稿動画や配信記録といった映像的な証拠など、多様な断片を重層的に並べる構成にあります。
それぞれは独立した情報に見えますが、読み進めるにつれて「ある場所」にまつわる不穏な空気や共通項が徐々に浮かび上がってくる仕組みです。
静かに漂う余白と不気味さ
読み手にその正体を明かさず、あえて断片だけを提示することで、逆に想像力を刺激する構造が徹底されています。
派手な恐怖演出は少なく、語り手の記述に不意に挟まれる違和感がじんわり効いてきます。日常の記憶や風景が、自分の中で少しずつ変容していくような読後感があります。
映画版はモキュメンタリーのリアル感を継承
2025年8月公開の映画版は、白石晃士監督による映像化作品で、原作のモキュメンタリー的タッチを引き継ぎつつ、演出によって恐怖が肉迫するリアルな体験へと昇華されています。
舞台の構造が持つ静かな恐怖が、映画では間や余韻を通じて観客の体感に変換されています。恐怖が映像として視覚に直接働きかける点で、原作とは異なる魅力を放っています。
インタビュー、新聞記事、ネット配信など媒体ごとの雰囲気が伝わる描写が秀逸でした。
静かな余韻が気になる人にこそ手に取ってほしい
この小説は、血みどろの恐怖や派手な怪奇演出を期待する方には物足りないかもしれません。
しかし、断片の提示と読み手の想像を重ねることでじわじわと心に忍び込む怖さを体験したい方には、むしろ理想的な一冊です。最後まで読んだ後に、「なぜこんなに気になってしまうのか」と自分に問いかけたくなる作品です。
豆知識: 作者は文庫化にあたり単行本とは異なる構成・登場人物で作品を再構成しており、版によって読み心地や印象が変わる仕掛けになっています。
たまにホラーは良い
『近畿地方のある場所について』は、断片の継接ぎによって生まれる静かな不安が特徴の小説です。読み進めるほどに、ある場所が見えないながらも形を帯びてくる読後感は、他にはないホラー体験と言えるでしょう。
静寂の中で少しずつ侵食されるような作品を求める方には、ぜひおすすめしたい一冊です。
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