『The Trading Game』が示す資本主義の故障と日本市場に出る症状

【本】

ギャリー・スティーブンソンの著書『The Trading Game』は、金融界の暴露話です。

また景気が良いか悪いかという循環の話ではなく、富の偏りが進むほど資産価格が上がりやすくなり、生活者の需要が痩せていくという、資本主義の内部不具合を描きます。

資産市場が華やかに見える局面ほど、実体経済が心細くなる。これが本書の一貫した視点です。出版社紹介でも、シティのトレーディングデスクのリアルを描きつつ、なぜ彼がそれを捨てたのかが貫かれています。

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本書が突きつけるのは暴落予言ではなく循環のねじれ

スティーブンソンの問題提起は、単純な市場悲観ではありません。むしろ彼は、格差が拡大しても資産市場はすぐには壊れず、むしろ強く見え続けることがある点を強調します。富裕層が使い切れない資金を抱え、その余剰が株式や不動産のような資産に向かう。すると資産価格が上がり、資産を持つ側がさらに有利になる。一方で生活者は、住居費や固定費が重くなり、消費の余地が狭まっていく。需要が痩せれば企業の売上成長は鈍り、賃金も伸びにくい。ここで起きているのは、上では資産が膨らみ、下では家計が枯れるという同時進行です。

この構図が厄介なのは、個別の企業努力や通常の景気刺激では反転しにくい点です。賃金を上げるには企業に余裕が要りますが、需要が弱いと企業は慎重になります。需要を増やすには家計に余裕が要りますが、資産インフレが固定費を押し上げます。循環を回そうとすると、どこかで同じ壁に当たり続けます。だから彼は、金融の勝ち筋として不平等が定着しやすいという、嫌な形の安定を語ります。

日本で見えやすいのは資産高と生活苦の同居

これを日本に当てはめると、株価が堅調な時期があっても、生活実感が追いつかない。都市部の住宅価格が上がっても、賃金の伸びが追いつかない。節約が広がり、内需の伸びが弱い。いずれも、日本が怠けているから起きているというより、富が上側に偏ったあと、資産市場で回りやすい構造として理解すると整合します。

とくに注意したいのは、低金利や金融緩和がもたらす作用を、景気対策か資産バブルかの二択で語ると見誤る点です。低金利は資産の割引率を下げ、資産価格に追い風になりやすい。一方で家計所得が伸びないまま住宅や資産だけが上がれば、生活者の負担は増えます。すると消費が伸びず、企業も賃上げや投資に踏み切りにくくなります。

結果として、低成長と資産高が同居する局面が長引く。ここが日本で繰り返し観測されてきた形に近いです。

豆知識

生活側の可処分所得が伸びない局面では、資産価格の上昇は景気の強さより、資金の行き場の少なさを反映することがあります。資産高が続くのに消費が鈍いときは、成長の手応えより、分配のゆがみと考えるべきです。

一国の再分配が難しいのは資本が逃げられるから

では解決策として、資産課税を強めればよいのか。

現代の厄介さは、資本が国境を越えて動く点にあります。税制差を見て資産を移す余地がある限り、単独の急進策は資本逃避や投資停滞の副作用を伴いやすい。議論が出るたびに、逃げるぞという圧力が働くのは、この構造が背景にあります。だから政策は中途半端になり、効果が薄いまま不満だけが増える。このねじれが、政治の不信を深める土台になります。

戦争か再分配かという二択に寄せると議論を誤る

格差が極端になると、社会は分断され、外向きの敵を求める空気が強まりやすい。これは歴史の一般論としては理解できます。ただし、すぐに戦争へ直結すると決め打つのは雑です。現実には、国内対立が激化し、政策の合意形成が壊れ、極端な選択肢が通りやすくなる。緊張が高まりやすいのは、この政治の劣化のプロセスです。つまり本質は、破局の予言というより、分断が進むほど理性的な調整が難しくなるという警告です。

同時に、再分配をやれば全てが解決するという楽観も危ういです。課税や移転で家計の可処分所得を増やしても、住宅やエネルギーや医療のように供給が硬い分野では、価格が上がるだけの場合もあります。再分配は必要条件になり得ても、十分条件ではありません。供給制約をどう緩めるか、賃金が上がりやすい産業構造をどう作るか、ここまで組み合わせないと、期待したほど循環は回りません。

なぜ富裕層は資産課税を選ばないのか

富のシステムの受益者である富裕層が、システムを安定させる課税に消極的に見える点です。

第一に、逃げ切れるという期待です。資産の国際分散や移住や教育の選択肢がある層は、国内の不安定化を自分ごとにしにくい。
第二に、協調が成立しにくい問題です。自分が先に負担すれば、負担しない側が相対的に得をするという疑念が強い。
第三に、成功の物語です。自分の富を努力と能力の正当な対価だと信じるほど、再分配は罰に見えやすい。こうした要因が重なると、集団として合理的な選択が、個人の合理性から崩れます。

日本の個人が取れる現実的な姿勢

生活防衛資金を厚めに置き、借入を増やし過ぎない。
現金は持たずに資産を持つ。分散を徹底し、同じ要因で同時に崩れにくい組み合わせを意識する。資産価格の上昇を、自分の生涯設計の前提にしない。

こうした当たり前の守りが、構造不具合の時代に知っておくべきことです。

結末を決めるのは物語ではなく協調の実務

『The Trading Game』の価値は、資本主義が壊れるという煽りではなく、格差と資産価格と政治の分断が連鎖しやすいという流れにあります。
現実には、部分的な国際協調と国内制度の改修と供給制約の緩和を、時間をかけて積むしかありません。遅いですが、積み上げない限り、強制的なリセットである戦争に近づきます。
というか、強制リセットである戦争を多くは望んでしまうかもしれません。

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