【投資初心者でもわかる】S&P500神話の揺らぎと次の一手はなにか

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五月氏のnote「S&P500神話の終わる時 ~インデックス投資バブルの形成過程と、AI投資がもたらす株式市場のレジームチェンジ~」は、表面的にはインデックス投資ブームへの警鐘ですが、中身は単純なバブル崩壊論とはまったく違います。実体経済から切り離されていく米国株式市場、マグニフィセント7が支配するS&P500の構造、そしてOpenAIを軸にしたAI投資競争がもたらす収益構造の変質まで、かなり精密に描き込まれています。

S&P500神話の終わる時 ~インデックス投資バブルの形成過程と、AI投資がもたらす株式市場のレジームチェンジ~|五月(片山晃)
1.実体経済とは別物になった米国株式市場  1990年代の米国株の時価総額上位は、エクソンモービル(石油)、AT&T(通信)、ウォルマート(小売)、ゼネラル・エレクトリック(電気機器)、メルク(製薬)、コカコーラ(食品)、シティグループ(銀...

前半の整理 S&P500はもう「実体経済の鏡」ではない

前半で著者は、時価総額上位銘柄の入れ替わりを起点に、市場構造の変化を描きます。かつてはエクソンモービルやウォルマートなど、街の景色と直結した企業が上位を占めていたのに対し、今はNvidia、マイクロソフト、アップル、アマゾン、メタなどテック企業が支配しているという指摘です。

ここで重要なのは、著者が単にテックの強さを称賛しているのではなく、「この構造がある限り米国テックの成長は続き、それがS&P500を実体経済から切り離してきた」と分析している点です。S&P500の長期CAGRが2010年以降に大きく跳ね上がった一方で、米国名目GDPの成長率はおおむね5%前後で変わっていないというデータも示されています。

「インデックス投資バブル」とは何か 後半の核心部分

S&P500は価格バブルではなく「参加者数のバブル」に近い

多くの人が勘違いしやすいポイントですが、著者は「今すぐ暴落する」と断言していません。むしろ、表面的なバリュエーションだけでバブル認定することを避けています。

著者の主張はこうです。過去20年でパッシブ運用のシェアは10%台から過半数に増え、S&P500やオルカンが世界的な標準商品になった。その結果、個人投資家の参加が爆発的に増え、「株価水準そのもののバブルではなく、インデックスを崇拝する参加者数のバブルが静かに進行している」という構図が生まれている、というものです。象徴として、成長率が鈍化しつつあるアップルがPER36倍で放置されている事例が挙げられています。

ポイント: 著者はS&P500やオルカン自体を否定していません。むしろ初心者に勧める際の最適解と評価しつつ、「万能ではない」「構造が変わった」と言っているのが重要です。

ディベースメントトレード 法定通貨ショートとしての投資ブーム

次に取り上げられるのがディベースメントトレードという考え方です。株、ゴールド、ビットコイントレジャリーなど、一見ばらばらに見える投資行動が、実は「インフレからの逃避」「法定通貨の空売り」という共通のアイデアで動いているという整理です。

具体例として、代表的な金ETFであるGLDが過去5年で123%、年初来でも52%上昇している数字が紹介され、その上昇の全てが通貨の価値毀損に対応しているとは考えにくく、インフレヘッジのブーム化が相場を押し上げていると指摘します。

ここで著者は、生活防衛としての投資が広がり、投資インフルエンサーがS&P500やオルカンを「最も手軽で信頼できる逃避先」として大量の個人資金を接続している現状を描きます。これは単なる資産運用の流行ではなく、デフレからインフレへの転換、実質賃金の圧迫というマクロ環境の変化が背景にあるという位置付けです。

ストックとフロー 新NISAブームは長続きしない可能性

さらに著者は、新NISAとインフレ転換により日本で投資人口が急増したものの、この勢いは長期には維持しにくいと指摘します。理由は二つです。

  • 預金というストックからの投資余力は有限であり、新NISA枠を2年程度埋めた後は給与というフローからの捻出が中心になる
  • 日本の預金1100兆円の多くは高齢者に偏在し、若年〜中年層に同じペースで投資資金が供給され続けるとは考えにくい

このため、ここ2年の資金流入は「御祝儀的な特殊状態」であり、今後は投資人口と資金流入の増加率が鈍化することで、株式市場のモメンタムに影響が出るという見立てです。

価格発見機能の劣化 インデックスに服従する機関投資家

著者がかなり辛辣なのは機関投資家に対する部分です。S&P500のリターンがあまりに優秀になった結果、アクティブファンドは高い手数料を正当化できず、資金力と価格決定力を失いつつある。いくら割安株を発掘しても、それを買う大きな資金が来なければ株価は動かない、という現実が強調されます。

一方でインデックス組入れ銘柄は、インデックスに入っているという理由だけで延々と資金供給を受け、ミスをしない限り上がり続ける。この構造が、徹底的に放置される銘柄と、買われ続ける銘柄の二極化を生んでいるという描写です。ここで著者は、かつてのように「少数派につくこと」が合理的とは言い難くなっており、プロの運用者でさえインデックスの流れに従わざるを得ない世界になっていると指摘します。

本当の「バブル論」 PER23倍とAI投資競争が意味するもの

マルチプル拡大に依存した相場

著者はS&P500のPERが過去30年平均17倍から直近では23倍に上昇し、ドットコムバブル期の24倍に迫っていると指摘します。ここ10年ほどはMag7的企業のEPS成長が指数を押し上げてきたが、最近の株価上昇はEPSではなくマルチプル拡大が主因になっているという整理です。

しかも長期金利は2010年代を通じて2%台で推移していたため、金利の低さだけでは現在のPER水準を説明しにくい。このギャップを埋めているのが、「技術革新と独占が生んだ高EPS」と「それを見た投資家の信頼とインデックス投資の広がり」の相乗効果だというのが著者の仮説です。

OpenAIが壊し始めた「共存と繁栄」の構図

ここからが多くの要約で抜け落ちている部分です。著者は、これまでビッグテック各社はそれぞれの領域を棲み分けることで、互いのEPSを大きく傷つけない「平和の配当」を享受してきたと整理します。ところがOpenAIの登場とAGI競争により、各社は自社の存続をかけた総力戦モードに入ってしまったと指摘します。

OpenAIが発表したスターゲートプロジェクトは総額5000億ドル規模で、400億ドルの資金調達、Nvidiaによる最大1000億ドルの資本提携が報じられています。

これに対抗するため、オラクル、メタ、グーグル、アマゾンが相次いで大型起債を行い、その合計額は880億ドルに達しているとされます。

ここで強調されているのは、OpenAI自身の採算性ではなく、「守るべき既存ビジネスを持つビッグテック側が、この賭けに付き合わざるを得ない」という力学です。撤退すれば自社ビジネスの崩壊リスクがあるため、各社はEPSとフリーキャッシュフローを削りながらも戦い続けざるを得ないという見方です。

史上最大の設備投資がEPSと株主還元を圧迫するリスク

著者は具体的な数字も示しています。グーグル、アマゾン、Meta、マイクロソフトの設備投資合計は、2025年7〜9月期で前年同期比80%増の1125億ドルに達し、営業利益合計1070億ドルを上回ったというデータです。5年前には設備投資が200億ドル程度だったことを考えると、5年で約6倍に膨らんだ計算になります。

半導体チップの償却期間はおおむね5〜6年なので、初年度は減価償却負担が限定的でも、数年にわたり同ペースの投資が続けば、2〜3年後にはPLとフリーキャッシュフローに深刻な負荷が乗ってきます。もしAI関連売上がそれに見合うペースで伸びなければ、EPS成長は鈍化し、株主還元の原資も削られます。

ここで著者は「過剰投資になると断言はできない」と留保しつつも、この規模の設備投資が始まった時点で、過去15年の理想的な構造の逆回転が既に始まっていると見ています。問題はそれがいつ市場に意識されるかだけだ、という立場です。

「崩壊予言」ではなく、時間軸の不確実性の受け入れ

最終章で引用されるのが、フィリップ・フィッシャーの「いつ起きるかを予想することは、何が起きるかを予想することより何倍も難しい」という言葉です。著者は、これまで書いてきた警鐘は過去にも何度も語られてきたテーマであり、それがまだ一度も本格的な崩壊として具現化していないことを認めます。

たとえば、今のように投資マインドが浸透した世界でリーマン級のショックが起きた場合、逆に個人投資家の押し目買いによって下落がマイルドになった可能性もあるという仮説が語られます。一方で、もし本格的な下落前に「ほとんどの人が既に株を買ってしまっていたらどうなるか」という逆の可能性も示されます。

著者の結論は一つです。S&P500のバリュエーションと構造には上方余地があまりなくなっており、ビッグテックのAI設備投資によって短期的には揺さぶられる公算が高い。しかし、それが史上最大のバブル崩壊になるのか、ある種の黄金時代の揺り戻し程度で終わるのかは誰にもわからない。だからこそ、我々はこれまでと同じように、見えている事象から仮説を立てて検証し、それをポートフォリオに反映し続けるしかない、という締め方です。

最後に著者は、2025年を通じて自分の中に新しい大局的な仮説が芽生えたことを認めつつ、「金儲けだけでは生きられない自分にとって、これから最高にエキサイティングな相場が待っている」と書いています。ここには、崩壊を喜ぶ予言者ではなく、構造変化を投資テーマとして冷静に追いたい市場参加者としての視点がありました。

最後まで読んで、あなたはどう考えてどうするのか問われていますが、方針をどうするかについてとてもとても泥沼の思考に沈み込んでいます。

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