会社が持っている現金や売掛金などの流動資産から、借金などの負債を全部引いてもなおプラスなのに、株価はそれより安い。つまり、会社をたたんで現金化したほうが高いかもしれないのに、市場では叩き売られている。そんな状況を狙い撃ちするのが、ベンジャミン・グレアムのネットネット株です。
ウォーレン・バフェットの師匠として知られるグレアムは、派手な成長ストーリーではなく、数字で自分を守る投資を体系化しました。ネットネット株は、その思想が一番わかりやすく出る手法です。
ネットネット株を一言でいうと
ネットネット株とは、会社の流動資産だけで見ても割安すぎる株です。建物や工場やブランド価値みたいな話を一旦ぜんぶ忘れて、まずは現金に近いものだけで守りを固める発想です。
グレアムは会社の価値をざっくり測るために、ネットカレントアセットバリューという指標を使いました。英語では Net Current Asset Value と呼ばれ、略してNCAVとも言います。ポイントは、未来の夢ではなく、いま帳簿に載っている短期資産に寄せることです。
豆知識:ネットネットという呼び名は、ネットカレントアセットバリューに対して株価がさらに下にある、という感覚から来ています。ネットのさらに下なのでネットネットというわけです。
計算はこれだけ。NCAVの超シンプル式
まずは式です。
NCAV = 流動資産 - 総負債です。
流動資産は、現金・預金、売掛金、棚卸資産など、1年以内に現金化しやすい資産です。総負債は、買掛金や借入金など、短期も長期も含めた負債の合計です。
そしてネットネット株の基本条件はこうなります。
時価総額がNCAVより小さいです。
さらにグレアム流の安全運転として、買う価格はNCAVの3分の2以下が目安として語られることが多いです。要するに、厳しめに割り引いて買うことで、間違っても致命傷になりにくくする発想です。
数字で体感するミニ例
たとえば架空のA社がこうだとします。
- 流動資産が100億円です。
- 総負債が60億円です。
- NCAVは40億円です。
このとき時価総額が25億円なら、時価総額がNCAVを下回っています。もし株価がNCAVの3分の2以下まで売られているなら、グレアム的にはかなりおいしい場所にいる可能性が出ます。
ここで大事なのは、A社が伸びる会社かどうかではありません。むしろ伸びなさそうだから投げ売りされているのが普通です。ネットネット株は、成長株の逆を行く不器用な戦い方です。
なぜこんな手法が成立するのか
市場はいつも合理的ではありません。短期で悪材料が出ると、投資家は怖くなります。すると株価が売られます。けれどバランスシートを見ると、会社にはまだ現金や売掛金が残っている。ここにズレが生まれます。
グレアムはこのズレを、マージンオブセーフティという考え方で説明しました。安全域を取れという話です。未来予想は外れますが、手元にある資産は外れにくい。だからまず資産で守りを作り、その上でリターンを狙う。これがグレアムの骨格です。
ただし、現代だとネットネット株は誰でも見つけられるはずだ、というツッコミが入ります。実際、昔より見つけにくいです。それでもゼロになっていないのは、次の壁があるからです。
見つけるのは簡単でも、買って持ち続けるのが難しいからです。ニュースは暗いし、出来高は少ないし、掲示板も荒れがちです。普通の人は精神的に耐えられず、途中で降ります。そこにこそ、地味な優位性が残りやすいです。
ネットネット株の落とし穴。ここを見ないと痛い
ネットネット株は守りが強そうに見えますが、実戦では落とし穴が多いです。ここを軽く見ると、安いのではなく危ないだけになります。
棚卸資産は本当に売れるのか
流動資産の中でも、棚卸資産は曲者です。古い在庫や値下げ前提の在庫が多いと、帳簿の数字ほど現金化できません。ネットネット株が難しい理由の半分は、棚卸資産の質の見極めです。
売掛金は回収できるのか
売掛金も同じです。取引先が苦しいと回収が遅れたり、貸倒引当が増えたりします。流動資産が大きい会社ほど、数字の中身を疑う癖が必要です。
負債は表に出ているか
総負債を引くのがNCAVの肝ですが、リース債務の扱いや、引当金、偶発債務など、表面だけ見ていると漏れます。財務諸表の注記まで読める人ほど、ネットネット株では強いです。
豆知識:ネットネット株は資産株に見えますが、実は会計を読む力が問われる手法です。会社の未来予想より、数字の中身の手触りを確かめる投資だと捉えると腹落ちします。
現代の日本株でネットネットが刺さりやすい場面
日本株には、ネットネット的に面白い環境がいくつかあります。
まず、日本企業は現金を厚めに持つ傾向が強いと言われます。配当や自社株買いが増えてきたとはいえ、まだ現金が寝ている会社は多いです。加えて小型株は、研究されにくいです。つまり、流動資産が厚いのに注目されないポケットが残りやすいです。
次に、ネットネットは本来、倒産寸前の会社を拾うだけではありません。事業が地味で人気がないだけの会社も混ざります。派手さがないというだけで割安放置される。ここは日本の市場構造と相性が良い場面があります。
さらに、政策やガバナンス改革で、PBRや資本効率が注目される流れが続くと、現金を抱える会社が動きやすくなります。配当強化や自社株買い、事業売却などで、資産が顕在化するきっかけが生まれます。ネットネット株は、このきっかけ待ちと相性が良いです。
個人でもできるネットネット株の探し方
最後に、実用的な手順です。
まず決算短信や有価証券報告書で、流動資産と総負債を確認します。次に時価総額を見ます。そして時価総額がNCAVを下回るかをチェックします。ここまでが一次スクリーニングです。
次に、落とし穴チェックをします。棚卸資産の比率が高すぎないか。売掛金が急に膨らんでいないか。営業キャッシュフローがずっとマイナスではないか。借入の返済期限が近いのに現金が減っていないか。
最後に、買い方です。ネットネットは当たり外れが出ます。だから1社集中は危険です。グレアムが強調したのは分散と安全域です。自分の性格が慎重なら、銘柄数を増やし、1銘柄の比率を下げるほうが向きます。
- 銘柄は分散して持つ前提で考えます。
- 期限を決めて見直し、条件から外れたら入れ替えます。
- 安い理由が破滅の兆候なら避けます。
ネットネットは古いのではなく、古いから強い
ネットネット株は、今どきのスマートな投資とは真逆です。チャートもSNSも関係なく、決算書の地味な数字を見て、周りが嫌がるところに入っていきます。だからこそ、競争が薄い場所になりやすいです。
そして何より、ネットネット株は投資の基礎体力を鍛えます。流動資産とは何か。負債とは何か。数字の中身は本物か。これを考える癖がつくと、グロース株を見る目も変わります。ネットネットは一発芸ではなく、投資家としての筋トレだと思うと長続きします。
バフェットが師匠グレアムから学んだのは、当てる技術よりも、致命傷を避ける仕組みです。

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