2026年3月1日(日)の朝、日本の物流・エネルギー関係者にとって衝撃的なニュースが届きました。米国とイスラエルによるイランへの大規模攻撃を受け、イラン革命防衛隊(IRGC)が「いかなる船舶もホルムズ海峡を通過することは許されない」と無線放送を繰り返し発信し、世界の石油輸送の約2割が通過するこの海峡が事実上の封鎖状態に陥ったのです。
これを受けて日本郵船・商船三井・川崎汽船の海運大手3社は、ペルシャ湾を航行中の船舶に対して一斉に待機指示を発令しました。さらに日本航空(JAL)は羽田とカタール・ドーハを結ぶ便の欠航を決定するなど、影響は海だけにとどまらず空にも広がっています。
では、日本の海運会社や大手商社の株価・業績に、この事態はどんな影響をもたらすのでしょうか。短期・中期それぞれの視点から整理してみます。
今何が起きているのか?現状を整理しよう

ホルムズ海峡で何が起きているか
IRGCによる無線放送を受け、EU海軍と英国海事貿易運用センター(UKMTO)が複数の船舶から報告を受けたことを公式に認めました。ただし、イラン政府による正式な閉鎖宣言は出ておらず、国際法上も一国が国際海峡を一方的に封鎖することは認められていません。
しかし現実問題として「法的な封鎖」ではなくとも「実務的な封鎖効果」が生じています。保険会社がホルムズ海峡通過を事実上拒否する動きが広がっており、VLCCと呼ばれる超大型原油タンカーの1日あたりの運賃が20万ドルを超える水準に達したとの報道も出ています。また戦争リスク保険料はすでに数倍に高騰しており、通過できる船舶であっても航行コストが大幅に上昇している状況です。
日本の海運3社の対応状況
日本郵船は自社関連船に対してホルムズ海峡周辺の航行を停止するよう指示し、現在ペルシャ湾に約10隻を運航させています。商船三井はペルシャ湾に向かっていた船を海域に入らせず、湾内にいた船を安全な海域で待機させています。ペルシャ湾内には常時LNG船や原油タンカーなど15隻ほどが航行しており、安全運航支援センターの監視体制を24時間態勢に引き上げています。川崎汽船もペルシャ湾内に複数の船が航行していましたが、ホルムズ海峡を通過せずに待機を指示しました。
特に注目すべきは、日本郵船が「ホルムズ海峡が封鎖されると、オマーン湾からの唯一の出入り口が遮断され、ルート変更も不可能」と明言している点です。中東を起点とした石油・LNG輸送は、アフリカ南端の喜望峰を回る代替ルートが物理的に存在しないため、今回の影響は2024年の紅海危機(フーシ派による攻撃)とは次元が異なります。
紅海危機との決定的な違い:
2024年の紅海危機では、フーシ派の攻撃を避けるためにアフリカ南端の喜望峰を回るルートへの切り替えが可能でした。距離は大幅に延びますが、代替路があったのです。しかしホルムズ海峡はペルシャ湾とインド洋を結ぶ唯一の出入り口であるため、中東湾岸諸国(サウジアラビア・UAE・クウェート・カタールなど)からの石油・LNG輸送ルートの代替はほぼ存在しません。日本の原油輸入の約74%がホルムズ海峡経由とされており(2023年実績)、この数値は紅海の比ではありません。
海運株への短期影響(数日〜2週間):複雑な二面性がある
「運賃上昇期待」で買いが入りやすい半面、リスク回避の売りも
過去の事例を見ると、海運関連株は中東リスクの高まりに対してやや特殊な反応をします。2019年のホルムズ海峡付近でのタンカー攻撃事件や、2024年の紅海危機においても、危機の発生初期には「航路が乱れる→運賃が上がる→海運会社の収益が増える」という期待から買いが入ることがありました。今回もイラン攻撃直後には日本郵船株に買いが入る場面が観測されています。
ただし、今回は状況が複雑です。船がそもそも動けなくなれば収益がゼロになるという問題があるためです。ペルシャ湾内に待機中の船は稼ぎを生んでいません。また、戦争リスク保険料の急騰はコスト増加を意味し、利益を直接圧迫します。短期的には「期待先行の買い」と「リスク回避の売り」が交錯する、荒っぽい値動きになることが予想されます。
エネルギー株・防衛株には追い風
同じく短期的に注目されるのが、国内のエネルギー開発会社です。2025年6月にイスラエルが単独でイランの核施設を攻撃した際には、INPEX(国際石油開発帝石)の株価が年初来高値をつける場面がありました。今回はその比ではない規模の攻撃であるため、原油価格の上昇を背景にINPEXや石油元売り各社への資金流入も考えられます。
商社株への短期影響:資源型と非資源型で明暗が分かれる
三菱商事・三井物産は「二面性」を持つ
大手総合商社の中で、中東の石油・LNG権益を多く持つ三菱商事と三井物産は短期的に複雑な立場に置かれます。原油・LNG価格が上昇すれば、保有する資源権益の価値が高まるため業績にプラスに働きます。
しかし同時に、ペルシャ湾内での物流が滞れば中東向けビジネス全体が機能不全に陥るリスクがあります。株価は短期的には上昇して始まる可能性がありますが、混乱が長引くほどネガティブな側面が強まります。
伊藤忠商事は相対的に影響が小さい可能性
一方、非資源分野に強い伊藤忠商事は今回のリスクへの直接的な露出が比較的小さいとされています。同社は食品・繊維・リテール(ファミリーマート)など内需型・非資源型のビジネスが収益の柱になっており、エネルギー系のカントリーリスクの影響を受けにくい構造になっています。
地政学リスクが高まる局面では、相対的に安定感が評価されやすい銘柄です。
商社の「資源型」と「非資源型」の違い:
大手商社5社は大きく「資源型」と「非資源型」に分けられます。三菱商事・三井物産は原料炭・LNG・鉄鉱石など資源ビジネスの比率が高く、資源価格の上下に業績が左右されやすい傾向があります。一方、伊藤忠商事は食品・リテール・繊維など非資源ビジネスに強みを持ち、資源価格変動の影響を受けにくい体質です。今回のような中東の地政学リスクが高まる局面では、この差が株価のパフォーマンスに大きく影響します。
中期影響(数カ月単位):シナリオ別に考える
シナリオA:2〜4週間以内に通行再開、影響は軽微
国際社会からの圧力や外交交渉の結果、比較的早期にホルムズ海峡の通行が再開されるケースです。この場合、一時的に滞留した船舶が順次通過を再開し、物流の遅延は発生するものの供給不足には至らない可能性があります。
海運3社は短期的な稼働停止コストと保険料増加が利益を圧迫しますが、情勢が安定すれば株価は回復に向かうでしょう。日本の石油備蓄は2025年12月末時点で国内消費量の146日分(国家備蓄分)が確保されており、数週間の混乱であれば実需への影響は限定的です。
シナリオB:1〜3カ月の長期化、世界のエネルギー市場を直撃
革命防衛隊が権力を維持し、封鎖状態が1カ月以上続く場合は深刻です。原油価格が1バレル90ドルを大きく超え、LNG価格も急騰するとみられており、日本の電気代・ガス代・ガソリン代がさらに値上がりする可能性があります。海運3社は運賃が上昇する一方でコスト増加も重なり、業績見通しの修正が相次ぐことになります。商社の資源権益の価値は帳簿上では上昇しますが、実際の権益からの利益回収が困難になるという逆説的な状況も起こりえます。
この場合、日本政府は石油備蓄の放出と緊急の「激変緩和措置」(石油元売りへの補助金)の延長・拡大を迫られます。すでに政府は2026年2月26日からガソリン価格1リットルあたり175円からの超過分について補助金支給を再開していますが、追加措置が必要になるでしょう。
シナリオC:イラン体制転換で情勢が一変、中長期的には安定化の芽も
もっとも楽観的なシナリオとして、ハメネイ師死亡後にイランの体制転換が比較的スムーズに進み、新体制が核開発の放棄と引き換えに制裁解除・外交正常化を選択する道です。この場合、中東地域の地政学リスクは大幅に縮小し、エネルギー供給の安定化が実現します。
原油・LNG市場のリスクプレミアムが剥落し、エネルギー価格は落ち着きを取り戻す可能性があります。これは日本経済全体にとってはプラスで、インフレ圧力の低下が消費を回復させる起爆剤になりえます。
| シナリオ | 海運3社への影響 | 大手商社への影響 | 日本の物価・生活 |
|---|---|---|---|
| A:短期収束(2〜4週間) | 一時的なコスト増。早期回復の可能性 | 資源型に一時的な追い風。影響は限定的 | 備蓄で吸収可能。値上がりは限定的 |
| B:長期化(1〜3カ月) | 運賃上昇も保険・コスト増大が重くなる。業績修正リスク | 資源権益は価値上昇も回収困難。非資源型が相対優位 | 電気・ガス・ガソリン代が大幅上昇。政府補助が不可欠 |
| C:体制転換・安定化 | 運賃正常化。中期的には業績安定 | 中東権益の安定的な権益回収が可能に | エネルギー価格が落ち着き、インフレ圧力が低下 |
私たちの生活への影響
「海運会社や商社の話は難しい」という方でも、今回の事態は生活に直結します。日本が輸入する原油の約74%がホルムズ海峡を通過しているという事実を踏まえると、影響はガソリン・電気・ガス・プラスチック製品・食品など幅広い分野に及びます。
特に注意したいのは電力コストです。日本の電力会社はLNG(液化天然ガス)を大量に使用しており、カタールやUAEからのLNG調達のほとんどがホルムズ海峡を通過しています。封鎖が長引けば電気代への転嫁は避けられず、家庭の電気代が大幅に上昇するシナリオも現実味を帯びてきます。
また、輸送コストの上昇は食品をはじめとした輸入物価全般を押し上げます。すでに円安の影響でさまざまな物の値段が上がっている中でのダブルパンチとなるため、家計への打撃は小さくありません。
日本の石油備蓄はどのくらいある?
資源エネルギー庁によると、2025年12月末時点での国家備蓄は国内石油消費量の146日分に相当する量が確保されています。これに民間備蓄と産油国共同備蓄を合わせると、IEA(国際エネルギー機関)の基準を満たす水準です。ただしこれはあくまで原油の数値であり、LNGの備蓄は石油ほど充実していない点に注意が必要です。LNGは特殊な設備がないと長期保管が難しく、封鎖が長引いた場合の電力・都市ガスへの影響は原油よりも早く出る可能性があります。
どの銘柄が注目されるか
今回の事態を受けて、市場関係者が注目する銘柄群を整理しておきます。あくまでも情報の整理であり、投資推奨ではないことをご承知おきください。
| カテゴリ | 銘柄・証券コード | 注目理由 | リスク・注意点 |
|---|---|---|---|
| エネルギー開発 | INPEX(1605) | 原油価格上昇と直結。2025年6月の先例でも原油高局面での株価上昇が確認されており、短期的な注目度が高い。 | 情勢が早期収束した場合、原油価格の反落とともに株価も調整しやすい。 |
| 海運3社 | 日本郵船(9101) 商船三井(9104) 川崎汽船(9107) |
運賃上昇期待。配当利回りが高く(川崎汽船約4.8%、日本郵船約4.7%)、長期保有目線の配当投資家からも注目されやすい。 | 混乱長期化の場合、稼働停止コストや戦争リスク保険料の急騰が利益を圧迫する二面性がある。 |
| 資源型商社 | 三菱商事(8058) 三井物産(8031) |
原油・LNG価格の上昇で中東権益の価値が高まり、資源ビジネスの収益拡大が期待できる。 | ペルシャ湾内の操業リスクが直撃しやすく、権益価値が上昇しても実際の回収が困難になるリスクがある。 |
| 非資源型商社 | 伊藤忠商事(8001) | 食品・リテール・繊維など非資源ビジネスが収益の柱。地政学リスクへの直接露出が小さく、相対的な安定感が評価されやすい。 | 中東リスクによる直接の恩恵も受けにくく、原油高による輸送コスト増が間接的に影響する可能性はある。 |
今後2〜4週間が最初の分岐点
ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、日本の海運業・商社業にとって前例のない規模のリスクです。2024年の紅海危機が「迂回できる危機」だったのに対し、今回は「代替ルートのない危機」という点で質的に異なります。
今後2〜4週間の情勢の動きが最初の分岐点です。外交交渉により早期に通行が再開されるか、それとも長期化してエネルギー価格が一段と上昇するか、あるいはイランの体制転換が進んで中東情勢が根本的に変わるのか、複数のシナリオを頭に入れながら状況を注視することが大切です。
どのシナリオになるにせよ、確実に言えることは「日本のエネルギー安全保障の脆弱さが改めて浮き彫りになった」という事実です。


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