六人の嘘つきな大学生を書評。選考会という密室で、人間はどこまで本音を隠せるのか

【本】

朝倉秋成の六人の嘘つきな大学生は、就活という極めて現実的なテーマを舞台にしながら、ミステリーの構造を巧みに織り込んだ作品です。特に注目すべきは、舞台装置のシンプルさと、そこに閉じ込められた六人の就活生それぞれの人間性の暴れ方です。

就活という場では、誰もが仮面をかぶり、少しでも良く見せようとしますが、本作ではその仮面が一枚一枚剥がれていく過程こそが物語の核になっています。読み終えた後に残るモヤモヤや、誰か一人に肩入れしたくなる気持ちなど、読者の心を揺さぶる仕掛けが随所に散りばめられています。

物語の舞台。たった一日の最終選考会が地獄に変わる

物語の中心は、とあるIT企業の最終選考に残った六人です。小坂井拓真、平田里佳、森由佳、光岡あやか、佐々本亮介、久保田翔平という、性格もバックグラウンドも異なる学生たちが集められます。彼らはグループで企画を完成させ、プレゼンするという協働型の最終選考に挑むことになります。企業側は「このメンバーで会社を動かしてほしい」と期待を込めますが、実際には参加者同士の牽制や遠慮が渦巻く空気が充満し、協働とは名ばかりの状況です。

ところが企画がまとまり、ようやく結束しはじめたところで、状況は一変します。控室に置かれたノートパソコンに、六人の誰かが他の参加者を中傷する匿名のメモを書き残していたことが判明するのです。その瞬間から、協力し合っていたはずの六人は、一気に互いの疑いと不信の渦に巻き込まれ、空気は冷え切り、プロジェクトは崩壊寸前まで追い込まれます。

「嘘をついているのは誰なのか」「一体何のためにこんなことをしたのか」。六人の視線が鋭く交錯する中で、読者自身もいつのまにか当事者の一人になったような感覚に引きずり込まれていきます。

物語を支える三つの構造

  • 全員が疑わしいという均等な配置によるサスペンス性。
  • 就活のリアルな空気感を再現することで読者の没入感を高めている点。
  • 誰が嘘つきかより「なぜ嘘をついたのか」が焦点になっている構造。

この構造があることで、単純な犯人探しではなく、各人物の背景や価値観の解析が重要な読み心地となり、ミステリーでありながら社会ドラマとしても成立しています。

六人の嘘と本音。大学生たちの「弱さ」と「願い」が交差する

六人全員が嘘をついているわけではありませんが、誰もが「自分をよく見せるための演技」をしています。そこにこそ本作の痛みがあります。就活という場では、優秀であることを求められ、欠点を隠すことが当然とされます。しかし本作の巧妙な点は、そのよくある演技の延長上に、もっと深い個人の傷や劣等感が隠されているところです。

小さな嘘や見栄、自己演出が積み重なり、彼らが徐々に正体を見せ始める過程は、まるで剥き出しの本音を見せられているような生々しさがあります。それが不快なほどリアルで、読者にとっては「就活という舞台の残酷さを突きつけられる読書体験」に変わっていきます。

豆知識:就活をテーマにしたミステリーは意外と少なく、六人の嘘つきな大学生はその独自性と構成の巧みさが評価され、映像化も進んだ作品です。選考会という場は説明不要で緊張が伝わりやすいため、舞台装置として非常に相性が良いのです。

鍵となるのは「協働」と「裏切り」。就活の闇を浮き彫りにする構造

最終選考で六人が協力するという設定は、現代的でありながら、非常に残酷な舞台でもあります。協力しなければ評価されない一方で、最終的に採用されるのは少数。つまり協力と競争が同時に走っている環境です。この二重構造が作品を強く後押ししています。

匿名メモという形で裏切りが発覚した瞬間、六人は互いを疑い始め、協働が崩れます。しかし本作が描くのは「誰が裏切ったか」ではなく、「なぜ協力が壊れたのか」という部分です。就活の場では、誰もが良い人を演じながら、心のどこかで他者をライバルと見なしています。その本音があぶり出されることで、作品は単なるサスペンスから、人間関係のリアルな縮図へと深化していきます。

ラストの意外性。嘘と真実の間にあるもの

六人の嘘つきな大学生のクライマックスは、その構造の巧みさが際立つ部分です。そこには単純な犯人暴きではなく、「なぜ人は嘘をつくのか」というテーマが見事に結実しています。犯人が誰かが明らかになったとき、読者は裏切られた怒りよりも、「その理由があまりに人間的で、痛すぎる」という感覚を味わいます。

しかも真相が明かされた後でさえ、六人の未来は決して明るくはありません。むしろ読者は、現実の就活やキャリア形成の厳しさを正面から突きつけられます。それでも本作には、わずかな救いが潜んでいます。それは「人は嘘をつきながらも、誰かに理解されたいと願っている」という普遍的な事実です。この痛みと救いのバランスが、読後に深い余韻を残します。

作品が投げかける問い。あなたはどの人物に一番近いか

六人の嘘つきな大学生の面白さは、読み手自身の性格や価値観によって、誰に共感するかが全く変わるところです。リーダーシップを取れない苛立ちを抱える学生に共感する人もいれば、器用に立ち回れない学生の方に肩入れしたくなる人もいるでしょう。むしろ、この作品の本当の謎は「六人のうち、あなたが最も苦手とする人物は誰か」であり、それが明確になったとき、あなたは自分自身の弱点と向き合うことになります。

作者が巧妙なのは、それぞれの人物に必ず弱点と魅力を持たせている点です。誰か一人が悪役ではなく、全員の中に「得意不得意」「演技と本音」が巧妙に混ざっています。この構造があることで、読者は特定の人物を完全に嫌いになれず、同時に完全に好きにもなれません。その曖昧な感情が、物語全体にリアリティを与えています。

就活という日常を地獄に変える、鋭い人間ドラマ

六人の嘘つきな大学生は、就活を舞台にしたミステリーという珍しい作品でありながら、読後に深いリアリティを残す作品です。匿名メモを巡る疑心暗鬼、協力と競争の同時進行という構図、そして六人それぞれが抱える弱さ。これらが組み合わさることで、物語は単なる犯人探しではなく、「人間関係のほつれが一気に崩壊する瞬間」を描いたドラマとして成立しています。就活を経験した人なら胃が痛くなるようなシーンが多いですが、その痛みはまさに本作が伝えたい人間の真実に近い部分でもあります。

どの人物にも良い面と悪い面があり、誰も完全に正しくはありません。その曖昧さを受け入れながら読み進めることで、読者は「自分ならどうふるまったのか」という問いに向き合うことになります。ミステリーとしての意外性、人間ドラマとしての深み、そしてキャリア初期の不安や葛藤を描いた臨場感。これらが見事に融合した作品であり、就活経験者だけでなく、若手社会人、採用担当者などにもおすすめできる一冊です。

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