米国とイランの緊張が高まり、世界の原油供給の約2割が通過するホルムズ海峡が事実上封鎖される事態となっています。
原油価格は1バレル100ドル目前まで高騰し、日本の食卓にも確実にその影響が波及しつつあります。肥料、パッケージ資材、海上運賃、さらには電気代まで、私たちが口にする食べ物の価格を支えるあらゆる要素が揺らいでいます。
ホルムズ海峡封鎖で日本のエネルギー供給が危機に
ホルムズ海峡とは、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ、最も狭い地点でわずか33キロメートルしかない海上の要衝です。この狭い海峡を、毎日約2000万バレルもの原油が通過しています。これは世界の石油海上輸送の約20パーセントに相当する膨大な量です。日本にとって、この海峡の重要性はさらに際立っています。日本が輸入する原油の約94パーセントが中東産で、そのうち約8割がホルムズ海峡を経由しているのです。
2026年2月下旬、イランは米国とイスラエルによる攻撃への報復措置として、ホルムズ海峡の事実上の封鎖に踏み切りました。船舶各社に航行禁止を通告し、実際にタンカーの通過は激減しています。国際機関の調査によれば、1日あたりの船舶通過数は平時の110隻から大幅に減少し、通過する船舶の約6割を占めるタンカーの往来はほぼ停止状態です。この状況が長期化すれば、日本は短期的には石油備蓄の放出で対応できるものの、中長期的には原油価格の高騰と円安が相まって、燃料価格が大幅に上昇する可能性が高いでしょう。
ホルムズ海峡の代替ルートは限定的
サウジアラビアには東西を結ぶパイプライン(日量500万バレル)、UAEにはフジャイラへのパイプライン(日量150万バレル)がありますが、ホルムズ海峡経由の日量2000万バレルを代替するには輸送能力が圧倒的に不足しています。LNG輸送にいたっては代替ルートがほとんど存在しません。
化学肥料が作れなくなる仕組み
LNG(液化天然ガス)の供給が途絶すると、化学肥料の製造が深刻な打撃を受けます。これは単なる原材料不足の話ではなく、化学肥料の製造プロセス自体が天然ガスに強く依存しているためです。
世界で使われる化学肥料の約8割は窒素肥料で、その主成分はアンモニアです。アンモニアを合成するには、大気中の窒素と水素を高温高圧下で反応させる必要があります。この水素の供給源が天然ガスなのです。天然ガスを水蒸気と反応させて水素を取り出し、これを窒素と結合させてアンモニアを生成します。さらに、このアンモニアと二酸化炭素を反応させることで尿素が作られます。
問題は、最新鋭のアンモニア製造プラントでも、製造コストの8割以上が天然ガスのコストで占められているという点です。つまり、天然ガス価格が上昇すれば、化学肥料の価格もほぼ連動して上昇します。実際、肥料製造においては製造コストの約6割が原材料費であり、天然ガス価格の変動が直接的に肥料価格に反映される構造になっています。
世界の農業生産に波及する連鎖
化学肥料の供給が細れば、世界中の農業生産に影響が出ます。窒素肥料の主要輸出国は、ロシア、中国、サウジアラビアといった天然ガスや石油の産出国です。これらの国々は自国の豊富なエネルギー資源を活用して安価に肥料を製造し、インドやブラジルなどの農業大国に輸出しています。しかし、原油やLNG価格が高騰すれば、肥料製造コストも上昇し、輸出価格も跳ね上がります。
日本は食料自給率がカロリーベースで38パーセントしかなく、残りの62パーセントを輸入に依存しています。小麦、大豆、トウモロコシといった主要穀物は年間約2430万トンも輸入しており、これらの生産国で肥料価格が上昇すれば、当然ながら農産物価格も上昇します。その影響は数か月から半年のタイムラグを経て、日本の食卓に届くことになるでしょう。
海上運賃の高騰という見えにくい打撃
原油価格の上昇は、もう一つの重要なルートで農産物価格を押し上げます。それが海上運賃です。農産物を運ぶコンテナ船やバルク船は、燃料として重油を大量に消費します。海運業界では、燃料費の変動を運賃に反映させるためにBAF(燃料費調整料金)という仕組みが使われており、これは原油価格に連動して変動します。
ホルムズ海峡封鎖により、原油タンカーの運賃は過去10年で最高値を記録しています。中東と極東を結ぶ大型タンカーの運賃指標は、わずか数日で先週末から2倍超に急騰しました。これは輸送リスクが飛躍的に高まったためで、封鎖が長期化すればさらなる上昇は避けられません。
穀物や野菜を運ぶ一般の貨物船も同様の影響を受けます。原油価格が30パーセント上昇すれば、ガソリン価格も同程度上昇し、それが1週間程度で価格に反映され始めます。海上運賃への影響は数か月遅れで現れますが、最終的には農産物の輸送コストを数割押し上げる可能性があります。日本のように輸入依存度の高い国では、この運賃上昇分が確実に消費者価格に転嫁されます。
保険料の急騰も追い打ち
ホルムズ海峡を通過するタンカーの戦争リスク保険料は、通常の0.2パーセント前後から1パーセント近くまで急騰しています。1航海ごとに数百万ドル規模の追加コストが発生し、これも最終的には消費者が負担することになります。
パッケージ資材のコスト上昇
スーパーで野菜や果物を手に取るとき、その多くがプラスチックフィルムやトレイに包まれています。これらの包装資材の原料は、原油を精製して得られるナフサです。ナフサをクラッキング(熱分解)することで、ポリエチレンやポリプロピレンといったプラスチックの原料が作られます。
原油価格が上昇すれば、当然ながらナフサ価格も上昇します。そしてナフサ価格が1000円上昇すると、プラスチック樹脂の価格は1キログラムあたり約2円上昇するという業界の目安があります。食品包装フィルムの価格は、原油高が続く中で最高値を更新しており、特にパンや野菜の袋に使われる無延伸ポリプロピレンフィルムの価格は大幅に上昇しています。
野菜や肉など農産物の価格を分析すると、原油価格が30パーセント上昇した場合、食品用ラップは約3.6パーセント上昇すると予想されています。これは原油から直接作られる製品だからです。一方、野菜全般や肉全般の価格上昇は約1.8パーセントと見込まれていますが、これには包装資材コストの上昇分も含まれています。
価格転嫁が進まない包材メーカーの苦境
包装資材メーカーは、原材料価格の高騰に直面しているにもかかわらず、川下への価格転嫁がなかなか進まないという問題を抱えています。特に中小企業は、得意先からの値下げ要求や安価な輸入品との競合により、適正な価格転嫁ができずに収益が圧迫されています。業界団体の調査では、包装関連メーカーの8割以上が材料調達単価の上昇を経験し、2割近くが業績悪化を予想しています。
この価格転嫁の遅れは、最終的には食品価格の急激な上昇というかたちで消費者に跳ね返ってくる可能性があります。包材メーカーが耐えきれなくなって一斉に値上げに踏み切れば、野菜や肉など日常的に消費する食品の価格が一気に上がることも考えられます。
電気代上昇が農産物生産を直撃
原油やLNGの供給途絶は、電気代の上昇という形でも農産物価格に影響します。日本は天然ガスの大部分をオーストラリアやマレーシアから調達しているものの、カタールやUAEといった中東諸国からのLNG輸入も約400万トン(総輸入量の約6パーセント)あります。ホルムズ海峡を通過できなくなれば、世界のLNG需給バランスが大きく崩れ、スポット価格が急騰します。
さらに、日本企業が締結するLNG売買契約の多くは石油価格連動の価格指標を採用しているため、原油高はLNG輸入価格も押し上げます。結果として燃料調達コストが増加し、電気料金の上昇につながる恐れがあります。原油価格上昇から3から4か月後に電気やガス料金が上昇し始めるという時間差がありますが、この影響は確実にやってきます。
卵や養殖魚は、製造過程で電気を多用するため、電気代上昇の影響を特に受けやすいです。ニンジンやキャベツ、トウモロコシなどは化学肥料を多用する作物であるため、肥料価格と電気代の両方の上昇により、価格上昇幅が大きくなると予想されています。
輸入大国・日本への影響
ここまで見てきたように、ホルムズ海峡封鎖による原油やLNGの供給途絶は、単一の経路ではなく、複数のルートを通じて日本の食卓に影響を及ぼします。その影響は、化学肥料の製造コスト上昇、海上運賃の高騰、包装資材価格の上昇、電気代の上昇という四つの波として、時間差を伴いながら押し寄せてきます。
最も早く影響が出るのはガソリン価格で、1週間程度で値上がりが始まります。次に海上運賃や包装資材のコストが上昇し、数か月後には電気代も上がります。そして最終的に、これらすべての要素が積み重なって、農産物価格の上昇として私たちの家計を直撃します。タイムラグは数か月から半年程度ですが、その影響は確実です。
アジア全体が同じ危機に直面
ホルムズ海峡を通過する原油の約8割はアジア向けです。中国は原油輸入量の約半分を中東に依存し、国家備蓄は40日程度しかカバーできません。韓国やインドも備蓄量に限界があり、封鎖が長期化すれば戦略備蓄の放出だけでは対応困難になります。世界全体で食料価格が上昇すれば、日本も例外ではいられません。
ガソリン代が上がる、だけでは終わらない影響
ホルムズ海峡封鎖がもたらす影響は、決して遠い中東の出来事ではありません。日本の食料安全保障に直結する現実の脅威です。原油価格が1バレル100ドルを超えれば、1990年代のオイルショックや2022年のウクライナ危機を超える価格高騰が起こる可能性もあります。
国産の農産物を選ぶこと、食品ロスを減らすこと、エネルギー消費を抑えることなど、小さな行動の積み重ねが、長期的には日本の食料自給率向上やエネルギー安全保障の強化につながります。
また、備蓄という観点も重要です。日本政府は石油備蓄を放出して対応する方針を示していますが、家庭レベルでも、主食となる米や缶詰など保存のきく食品を適度に備蓄しておくことは、価格高騰時のリスクヘッジになります。

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