「希ガス」という言い方が普通に残っていて、逆に「貴ガス」は知られていないままです。
記事を読んでいて、誤変換かとずっと思っていましたが貴ガスが正式名称なっていました。言葉が古いだけならまだしも、言葉が古いせいで理解まで古くなるからです。
しかも日本語は「きがす」のまま音が変わらないので、改称が起きた事実そのものが伝播しにくいです。この記事では、英語が rare gases から noble gases に寄っていった理由を書きました。
なぜ rare から noble に変わったのか
英語で rare gases から noble gases に寄っていった理由は、「名前が事実に負けたから」です。rare は希少を示しますが、アルゴンは大気中に体積比で約0.934パーセントもあり、希少という印象を与える名前としてはミスリーディングになりました。
もう一つは inert の撤退です。昔は inert gases とも呼ばれましたが、1962年にニール・バートレットの仕事を起点に、キセノンなどの化合物が実験的に示されて「完全に反応しない」は言い過ぎになりました。
結果として残ったのが noble です。noble は「化学的に反応しにくい」というニュアンスを持っています。日本語には、貴が当てられていますがこれは高貴な意味しかなく、反応しにくいの意味が全く無いので、日本語訳は意味不明になっています。
rare がダメ
希少という言葉は、だいたい二つの意味で使われます。地球上に存在しないに近いのか、存在はするが集めにくいのかです。希ガスの初期の感覚は後者に寄っていたのですが、名前だけが前者に聞こえてしまうのが問題でした。
決定打がアルゴンです。アルゴンは空気の成分として体積比約0.934パーセントで、酸素や窒素ほどではないにせよ、日常空間に普通に混ざっています。
豆知識:アルゴンという名前自体も「怠け者」や「活動しない」に由来する説明があり、当時の印象がそのまま刻印されています。
inert もダメになった
「不活性ガス」という言い方は、授業で便利です。反応しないと思っておけば、酸化還元の説明が一気に楽になります。ですが便利さは、だいたい後からツケが来ます。
1962年、ニール・バートレットがキセノンの反応性を示す仕事を出して以降、貴ガス化学は一気に進みました。つまり inert は、科学の進歩に負けたラベルでした。
ここで noble が効いてきます。noble は「反応しない」ではなく「反応しにくい」という逃げ道を最初から持っていました。
noble の由来
noble gas は、ドイツ語 Edelgas を英訳したものとされ、1900年に Hugo Erdmann が使ったと説明されています。
比喩としては noble metals と同型です。金や白金が腐食しにくいのと同じで、彼らも化学的に鈍いという感覚です。
日本語の問題
日本語は貴ガスと希ガスで読みが同じ。会話だけでは改称が起きたことがわかりません。
さらに日本語は、歴史的に「稀」が当用漢字に入らなかったため「希ガス」という表記が広まりやすかった事情もあります。
そして教育現場の慣性も強いです。日本化学会は高校化学の用語として noble gas に合わせて「貴ガス」を推す提案を出しており、教科書も併記や変更が進んできましたが、世間一般の言葉は遅れます。
現場メモ:中学教科書でも「貴ガス」へ表記変更し、注釈で「希ガスともよばれていた」を併記する運用が見られます。
貴ガスは今後さらにややこしくなります
第18族という枠で見ると、人工元素まで含めた議論が出てきます。オガネソンの扱いのように、分類上は入るが性質は未確定という話も混ざります。こういう局面では、なおさら inert のような断定ラベルが邪魔になります。
noble という緩い表現は、こうした未確定領域にも耐性があります。言葉が未来の不確実性を吸収できるかどうかは、科学コミュニケーションではかなり重要です。
そして、「反応しにくい」という意味がまったくない貴ガスがずっとこの先も残るということが問題に感じます。「低反応ガス」という性質を表したほうが今後も考えるとよかったと思います。


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