高市首相「台湾有事は存立危機事態」発言は何が問題なのか。時系列で読み解く日中ショック

暇つぶし

高市早苗首相の「台湾有事は存立危機事態になり得る」という国会発言をきっかけに、日中関係が一気に冷え込みました。しかし、私は「結局何が悪くて、中国はなぜここまで怒っているのか」「日本は何をしたくて、どこまで本気なのか」を整理できていません。

この発言は、単なる失言でも勇ましいパフォーマンスだけでもなく、日本がどこまで戦争に巻き込まれ得るのかという、法制度の中核部分に踏み込んだものです。

第1章 全体像。何が起きているのか

まず全体像をざっくり言うと、構図は次のようになります。

  • 日本側 高市首相が「台湾有事は存立危機事態になり得る」と初めて明言し、自衛隊が米軍と共に武力行使する可能性を正面から示した。
  • 中国側 これを「日本の軍国主義復活」「中国への武力威嚇」と位置付け、強烈な外交抗議や渡航自粛の呼び掛けなど一連の制裁的措置を展開している。
  • 日本国内 「抑止力が高まる」と評価する立場と「安保法制の危険性が現実化した」と批判する立場が真っ向から対立している。

ポイントは、高市発言が「法律上あり得ると昔から言っていた話」を具体的な台湾シナリオに結び付け、公の場で初めて「要するにこういう時は日本も戦う可能性があります」と手の内を明言したことです。ここで、日本の集団的自衛権をめぐる議論と、中国の「台湾は中国の一部」という立場が正面衝突してしまいました。

第2章 時系列で追う。高市発言から日中外交危機まで

2-1 11月7日 衆院予算委員会での高市答弁

発端は、2025年11月7日の衆議院予算委員会です。立憲民主党の岡田克也元外相が、過去の総裁選で高市氏が「中国による台湾の海上封鎖」を存立危機事態の例として挙げていたことを踏まえ、具体的にどのようなケースが該当するのか質問しました。これに対して高市首相は、次のようなおおまかな想定を示しました。

台湾に対して武力攻撃が発生する。中国が台湾を海上封鎖する。それを解くために米軍が来援し、それを中国が戦艦を用いた武力行使で妨害する。このようなケースは、どう考えても存立危機事態になり得ると私は考える。

ここで重要なのは、高市首相が「台湾封鎖」「米軍来援」「中国が武力で妨害」という具体的シナリオを挙げたうえで、それを日本の存立危機事態に直結する例として国会で明言した点です。歴代政権は、台湾有事が存立危機事態にあたるかどうかについて明言を避けてきました。

2-2 日本国内メディアと野党の初期反応

この答弁直後から、日本国内では主に次のような論点で議論が広がりました。

豆知識 日本の「存立危機事態」とは 存立危機事態とは「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、その結果として日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を指し、この場合に限って集団的自衛権の行使が認められます。

野党や批判的な論者は「日本が攻撃されていなくても、台湾有事で米軍側に立って参戦する道を開く危険な答弁だ」と指摘しました。

一方、与党寄りや保守系の論者は「台湾有事が日本の死活的利益に直結することをはっきり示した抑止メッセージだ」と評価する論調も展開しました。

2-3 中国側の激しい反応 日本大使召喚と「強烈な不満」

より大きな波紋を広げたのは、中国政府の反応です。中国外務省は高市発言を「極めて誤った危険なもの」「中国の内政に乱暴に干渉している」と非難し、日本政府に対して発言の撤回を求めました。

11月13日には、中国外務次官が日本の金杉憲治大使を呼び出し、正式に抗議を行いました。その際、高市発言は「第二次大戦後の日本の指導者による初の中国への武力威嚇」だとまで位置付けられ、「撤回しなければ全ての結果は日本側が負う」と強い言葉で警告しました。

さらに、中国側は次のような追加措置を取りました。

  • 中国政府が自国民に対して日本への渡航自粛を呼び掛ける安全情報を発出。
  • 中国メディアが社説で高市発言を「極めて悪質」と非難。
  • 在大阪中国総領事がSNSで過激発言を投稿し、日本側が抗議。

これらは単なる外交辞令ではなく、中国側がこの発言を「レッドラインに触れた行為」と扱っていることを示します。

第3章 日本側の法的枠組み。何が「初めて」だったのか

3-1 「存立危機事態」と集団的自衛権

日本の安全保障関連法制では、2015年の平和安全法制により、限定的な集団的自衛権の行使が認められています。この際に導入されたのが「存立危機事態」という概念です。

定義は「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、日本の存立と国民の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」です。

3-2 なぜ「台湾有事」がグレーだったのか

日本政府は1972年の日中共同声明で「中国の唯一の政府として中華人民共和国を承認」したものの、「台湾が中国の一部」と自ら明言していません。この曖昧さが外交の基盤になっており、台湾有事を正面から語るのは極めて慎重でした。

3-3 高市発言が踏み込んだポイント

高市首相は「台湾海峡封鎖」「米軍来援」「中国の米軍への武力行使」という具体例を挙げ、それを存立危機事態として扱い得ると明言しました。現職首相がここまで具体的な台湾有事シナリオを国会で示したのは初めてです。
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第4章 何が「悪手」と批判されているのか

4-1 「戦略的曖昧さ」を自分で削ったという批判

まず一番大きい批判は、日本が長年頼ってきた「戦略的曖昧さ」を、自分の口で壊しにいったという指摘です。

米国は一貫して「台湾が攻撃されたときに必ず軍事介入する」とも「絶対に介入しない」とも言わず、わざと答えをぼかすことで、中国と台湾の双方を抑止してきました。これがいわゆる戦略的曖昧さです。

日本側も同様に、台湾有事を正面から具体化せず、「台湾周辺の情勢は日本の安全保障に重要」という抽象的な表現にとどめてきました。ところが高市首相は、台湾封鎖と米軍来援、中国による米軍への武力行使というかなり踏み込んだシナリオを示し、それを存立危機事態になり得ると明言しました。

この点について、批判側は次のように指摘します。

  • 中国側から見れば「この条件を満たしたら日本も参戦する」と宣言されたのと同じであり、対日警戒心と対抗措置を一段引き上げる口実を与えた。
  • 逆に言えば、その条件を巧妙に外して作戦を組めば、日本を動きにくくできるため、抑止力がむしろ弱まる可能性がある。
  • 台湾有事をめぐる日米の共同オプションの一部を「手の内」として公開したことで、危機時の柔軟な選択肢を自ら削った。

実際に、中国外務次官は高市発言を「極めて誤った危険なもの」「中国への武力威嚇」と断じ、日本大使を呼び出して撤回を要求しました。中国共産党機関紙は「敗戦後の日本指導者として初の中国への武力威嚇」とまで書いており、反応の強さは数字で見ても異常です。

一方で、これに対する反論もあります。肯定派は次のように主張します。

  • 中国の軍拡と台湾周辺での軍事活動が急速に進む中で、従来型のあいまい戦略だけでは抑止力として足りないという議論は、米国でも日本でもすでに存在していた。
  • 「日本は最後まで後ろに立たない」と見透かされる方が、中国にとっての軍事行動のハードルを下げてしまう。
  • 高市発言は、あくまで一定条件の下での可能性を述べただけで、全ての台湾有事に自動参戦すると約束したわけではない。

つまり、批判側は「不用意に線を引き過ぎた」と見ており、肯定側は「最低限の線をようやく引いた」と見ている構図です。どちらのリスクをより重く見るかは、価値判断と安全保障観の問題であり、どちらが正しいかを現時点で断定することは「わからない」と言わざるを得ません。

4-2 外交プロセスとしての「雑さ」とメッセージ管理の失敗

次の批判は、外交プロセスとして雑であり、メッセージ管理に失敗したという点です。

本来、これほど波紋を呼ぶ可能性が高い発言を行うなら、通常は少なくとも次のような段取りが想定されます。

  • 日米間で事前に「台湾有事と存立危機事態」に関する基本ラインをすり合わせる。
  • 対中メッセージとして出すなら、外務省や防衛省と文言を調整し、首相発言と外相コメントをパッケージで設計する。
  • 国内向けには、安保法制の枠内でどこまでが法的に可能なのかを補足説明し、政治的な責任主体を明確にする。

しかし実際には、国会答弁の形で唐突にシナリオが提示され、中国側が強く反発したあとになって政府内で火消し的な説明が積み重ねられた形になっています。中国は即座に日本大使を呼び出し、渡航自粛の呼び掛けを行い、国内向け報道でも高市発言を集中批判しました。この流れを見ると、日本側が意図的にコントロールしたメッセージというより、「質問に答える中で出てしまった発言」に後追いで外交が引きずられた印象が強くなります。

この点について、批判派は次のように問題視します。

  • 首相発言が外交の先走りとなり、外務官僚が後始末をさせられるパターンは、過去の歴史認識発言などでも繰り返されてきた構図であり、今回は台湾有事という最もデリケートなテーマでそれをやった。
  • 高市首相の答弁が、日本政府の公式ラインとしてどこまで拘束力を持つのかが不明確なまま、中国側だけがそれを「日本の新たなコミットメント」として最大限に利用している。
  • 日中関係全体にマイナスの摩擦を生んだ割には、日本側が得た具体的な安全保障上のメリットが見えにくい。

これに対し、擁護側は「国会は政策論争の場であり、具体的な事例を示して説明すること自体は責任ある姿勢だ」「中国が過剰反応しているだけで、日本が必要以上に自己検閲する方が危険だ」と反論しています。

ただ、外交実務として見れば、日本側がメッセージ発信のコストと利益を十分計算したうえで踏み切ったのか、それとも政治的なポジショントークが先行したのかは「わからない」部分が多く、ここは今後の政権内証言などが出てくるまで「保留」とせざるを得ません。

4-3 安保法制批判との接続 「やはり米軍の戦争に巻き込まれるのか」という懸念

もう一つの大きな争点は、長年続いてきた安保法制批判と今回の発言が直線でつながってしまったことです。

二〇一五年の平和安全法制審議の際、日本弁護士連合会や多くの憲法学者は「集団的自衛権の行使容認は憲法九条に反し、立憲主義を壊す」として強く反対していました。日弁連は公式に違憲とする声明を出し、参議院憲法審査会では参考人に招致された憲法学者三人全員が違憲と表明したことは、国会記録からも確認できます。

彼らが当時から繰り返していた論点は、簡単に言うと次の通りです。

  • 「日本が攻撃されていないのに、同盟国防衛を名目に海外で武力行使できる仕組みを一度通せば、歯止めは事実上きかなくなる。」
  • 「存立危機事態や国際平和共同対処事態の定義は抽象的で、政府の裁量次第でいくらでも拡張可能だ。」
  • 「結果として、自衛隊が米軍の世界的な軍事行動に『切れ目なく』付き合わされる危険がある。」

高市発言は、この懸念を台湾有事という具体的なイメージと結び付けてしまいました。つまり、批判派から見ると「教科書に書いてあった最悪パターンのサンプルが、現職首相の口から出てしまった」という構図になります。

これに対して肯定側は、次のように反論します。

  • 存立危機事態はあくまで「日本の存立と国民の権利が根底から覆る明白な危険」が要件であり、何でもかんでも参戦できる白紙委任ではない。
  • 台湾有事は日本のシーレーン、在日米軍基地、防衛ラインに直結しており、抽象的な中東紛争などとは次元が違う。
  • むしろこのレベルの事態でさえ介入できないなら、集団的自衛権を認めた意味がほとんど無くなる。

どちらの主張にも一定の理屈がありますが、「安保法制が米軍の戦争に日本を巻き込むのではないか」という恐れを持っていた層からすれば、高市発言はその疑念を補強する材料になったことは否定できません。

第5章 今後どんな顛末があり得るか

5-1 短期 数か月スパンで起こり得ること

短期的には、すでに動き始めている影響がいくつかあります。

  • 中国政府が日本への渡航自粛を呼び掛けたことで、中国人観光客の回復ペースが鈍化し、日本側のインバウンド期待に冷や水がかかる可能性があります。
  • 中国メディアと日本メディアの間で相互批判が強まり、ネット世論が過激化することで、政治家が「対中強硬」か「発言自粛」かの二択を迫られやすくなります。
  • 日中の外務当局間では、水面下で火消しとライン調整の交渉が行われる一方、中国側の顔を立てるかどうかで日本国内の政治評価が割れるリスクがあります。

現状の中国経済を考えると、いきなり全面的な経済制裁に踏み込む可能性は高くありません。ただし、特定分野の輸入規制や手続きの厳格化など、技術的な圧力を断続的に使ってくるリスクは残ります。

ホテル業界などのSNSからは、中国人観光客減少はよくあることで、特に問題ないという投稿がいくつか上がっていましたね。

5-2 中期 数年スパンで起こり得る変化

中期的には、日本の安全保障政策と世論の両方で、次のような変化が起こり得ます。

  • 存立危機事態の運用基準の再整理 高市発言をきっかけに、「どのレベルの台湾有事なら存立危機事態になり得るのか」を、政府内規や防衛計画の形で改めて整理せざるを得なくなる可能性があります。これは、抑止力を高める方向にも、逆に縛りを強める方向にも動き得ます。
  • 日米共同計画の透明度の変化 米国は従来から台湾有事を想定した作戦計画を持っているとされますが、日本側の役割分担をどこまで共有するかが改めて問われます。日本国内の政治リスクを考え、詳細を伏せたまま進めるのか、あえて一部を公表して抑止力を高めるのかは「わからない」領域で、今後の政権のスタンス次第です。
  • 対中認識と台湾支援への世論の変化 既に日本の世論調査では「台湾海峡の安定に日本も関与すべき」と答える比率が比較的高いことが報告されていますが、中国の強硬姿勢が続けば、台湾支援に前向きな世論がさらに強まる可能性があります。一方で、「戦争に巻き込まれたくない」という意識も根強く、社会の分断が長期化する懸念もあります。

5-3 長期 方向性が割れる三つのシナリオ

長期的な顛末については、正直に言って誰にも確定的なことは「わからない」です。ただし、方向性として代表的な三つのシナリオは描けます。

  • A 日本が「準当事者」として固定されるシナリオ
    高市発言を起点に、今後の日本の首相や防衛大臣が台湾有事への関与を繰り返し表明し、日米共同計画も進むケースです。この場合、日本は台湾防衛の一翼を担う存在として国際的に見なされ、中国との対立は構造的なものになります。抑止力は高まる一方、有事の際に日本が攻撃対象になるリスクも確実に上がります。
  • B あえて再び曖昧さを厚くするシナリオ
    今回の反発とコストを踏まえ、「やはり台湾有事の個別具体には踏み込まない方が良い」として、今後の政権が表現を再びぼかす方向に振り戻すケースです。この場合、表向きのあいまいさは回復しますが、中国も日本の本音を知っているため、抑止力と誤算リスクのバランスがどこまで改善するかは不透明です。
  • C 国内の揺り戻しと法制度の再議論シナリオ
    安保法制反対派が今回の件をテコにして、「やはり集団的自衛権の枠組みそのものを見直すべきだ」と主張を強め、政権交代などを契機に法改正や運用制限が議論される可能性もあります。2015年当時、世論は安保法制に対して賛否が割れており、その潜在的な対立が完全に解消されたわけではないからです。

どのシナリオに近づくかは、日米中それぞれの政権交代、台湾内部の政治変化、東シナ海や南シナ海での具体的な軍事バランスといった複数要因に左右されます。

重要なのは、高市発言が「一回の失言」で終わるか、「日本は台湾有事でここまでやる国だ」という国際的イメージを固定させる始点になるかで、日本の安全保障環境とリスクプロファイルがまったく変わってしまうという点です。この分岐点をどう管理するかが、日本側の今後数年の外交と防衛政策の腕の見せどころになります。

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