2025年以降のアメリカの金融政策の次の一手を読む

資本統制 株式

世界経済は、かつてない規模の政府債務インフレ圧力に直面しています。これまでの金融・経済政策は、危機を乗り越えるために低金利から量的緩和、そして現金給付へと「進化」してきましたが、その副作用は新たな問題を引き起こしています。次に予測されるのは「資本統制」であり、その先にはさらに深い社会変革が待ち受けている可能性があります。

この一連の政策転換の背景には、私たちの貨幣に対する認識の変化、特に「信用貨幣」の概念の深化が密接に関わっています。現代の貨幣は、もはや貴金属のような「本位貨幣」との兌換性を保証されたものではなく、純粋に「信用」によって支えられています。

政策進化の軌跡:なぜ資本統制に至るのか

これまでの金融・経済政策の「進化」は、経済の安定化と成長促進を目指す中で、伝統的手段の限界に直面し、より強力で直接的な手段へと移行してきた歴史です。

低金利政策(ZIRP/NIRP)

リーマンショック以降、各国中央銀行は景気刺激のために政策金利を史上最低水準に引き下げました。2008年12月には米国連邦準備制度理事会(FRB)が実質ゼロ金利政策を導入し、長期にわたり維持されました。しかし、ゼロ金利やマイナス金利は、金融機関の収益を圧迫し、これ以上の利下げ余地がなくなるという限界に直面したのです。

量的緩和(QE)

低金利政策の限界に直面した中央銀行は、国債やその他の資産を大量に購入することで、市場に流動性を供給し、金利をさらに抑制しようとしました。FRBによる主な量的緩和は以下の通りです。

  • QE1: 2008年11月に開始され、主に住宅ローン担保証券(MBS)や政府機関債、国債の購入が行われました。2010年3月に終了しました。
  • QE2: 2010年11月に開始され、主に長期国債の購入が行われました。2011年6月に終了しました。
  • QE3: 2012年9月に開始され、MBSと長期国債の無期限購入として実施されました。2014年10月に終了しました。
  • コロナ対応の量的緩和: 2020年3月に新型コロナウイルス感染症パンデミックへの対応として大規模な資産購入が開始され、2022年3月に終了しました。

これらの量的緩和により、資産価格は上昇しましたが、実体経済への波及効果は限定的であり、むしろ資産格差の拡大を招いたという批判も少なくありません。

現金給付・財政出動

新型コロナウイルス感染症パンデミックを機に、政府は経済活動の停滞を直接的に補うため、大規模な財政出動や個人への直接的な現金給付を世界中で実施しました。アメリカでは、2020年以降、CARES法などに基づき複数回にわたる大規模な現金給付が行われました。これはMMT(現代貨幣理論)的な思想にも通じますが、急激な財政赤字の拡大とインフレ圧力の増大という新たな問題を引き起こしたのです。

これらの政策がもたらした膨大な政府債務と、それが引き起こすインフレ圧力が、次の段階である「資本統制」への移行を不可避にしています。各国政府は、膨張した債務の持続可能性を確保し、自国通貨の価値を維持するために、資本の自由な移動を制限せざるを得なくなると予測されます。

「信用貨幣」とは何か?:現代経済の基盤

ここで、「信用貨幣」という概念を深く掘り下げてみましょう。かつて信用貨幣は「本位貨幣(貴金属など)への兌換性が保証された貨幣」と定義されていましたが、現代の貨幣は貴金属との兌換性を持ちません。しかし、日本銀行の表現にもあるように、私たちの「信念」によってその価値が支えられています。

本稿で言う「信用貨幣」は、A.M.イネスやR.G.ホートリーらが20世紀初頭に提唱した、より純粋な概念を指します。それは「商品」や「商品の代理」とは全く関係なく、まさしく「貸し借り関係」それ自体を表現する貨幣のことです。

イネスが指摘するように、「信用(Credit)」とは「債務(Debt)」の相関語であり、貨幣とはまさにこの「貸し借り関係の定量化された表現」にほかなりません。私たちが手にしている紙幣や銀行預金は、発行者である中央銀行や銀行に対する「貸し(債権)」であり、同時に発行者にとっては「借り(債務)」なのです。

「純資産総和ゼロ」の原則

貨幣グラフにおいて、全てのノード(個人や法人)の金融純資産の総和は常にゼロになります。これは、誰かの金融資産は必ず誰かの金融負債によって成り立っていることを意味します。

例えば、私たちが平均的に1000万円の金融資産を持っているとしたら、同時に、経済全体では平均的に1000万円の金融負債がどこかに存在することになります。通常、この最大の金融負債の担い手は政府であり、政府が国債という形で債務を負うことによって、私たち民間はプラスの金融純資産を持つことができるのです。

豆知識: 経済全体の金融純資産の総和がゼロであることは、会計学の貸借対照表(バランスシート)の原則とも一致します。負債と純資産の合計は常に資産の合計と等しくなるようにできています。

銀行の役割:ツケのハブとしての機能

私たちの日常生活で「ツケ」が一般的ではないのは、店側が私たちのことを知らず、その「ツケ」を第三者に譲渡して支払いに使えないためです。ここで登場するのが銀行です。

銀行は、顧客が発行する「ツケ」(貸付債権)を受け取り、代わりに銀行自身の「ツケ」、すなわち預金や銀行券を発行します。これにより、互いに見知らぬ人同士でも、共通の信頼できる債務者である銀行を介して決済が可能になります。銀行は、その威信と知名度を利用して「ツケの債務者を自らに統一する」ハブとなり、流動性の低い個人の「ツケ」を、流動性の高い「貨幣」へと変換する役割を担っているのです。

「資本統制」とは何か?:アメリカにおける現実と予測

「資本統制」と聞くと、外貨送金制限や資産凍結といった開発途上国で見られるような強硬な措置を想像しがちですが、先進国、特にアメリカのような自由主義経済を標榜する国では、より巧妙で「ソフト」な形で導入される可能性が高いです。その主な目的は、拡大し続ける政府債務(国債)を支えるための国内資金の囲い込みであると考えられます。

アメリカの現在地と「ソフト資本統制」への進行度

現在(2025年6月)、アメリカは「現金給付からソフト資本統制への過渡期」に位置づけられると見てよいでしょう。以下の兆候がその進行を示唆しています。

  • FRBのバランスシート縮小(QT)の限界: 金融引き締めが国債市場に与える影響が大きく、再び量的緩和への圧力がかかる可能性があります。
  • 利払い費の急増: 米国債の利払い費が年間1兆ドルを超え、財政を圧迫しています。財政的限界が近づいていると言えるでしょう。
  • CBDC(中央銀行デジタル通貨)の実証実験: FedNowの稼働やProject Hamiltonといったデジタルドルの研究・実証実験が進められています。
  • 海外資産・暗号資産への監視強化: FATCAの継続的な適用拡大や、暗号資産取引に対する監視・課税強化など、海外への資金流出を防ぐ動きが静かに進行しています。

アメリカで最も確度高く導入される「資本統制」

アメリカの法制度と経済体制の強靭さを考慮すると、以下の手段が最も確度高く導入されると予測されます。

  • 金融抑圧による国債囲い込み(推定導入時期:2020年代後半~2030年代)これは、預金金利をインフレ率以下に意図的に抑え込むことで、実質的に国民の貯蓄を政府債務の返済に充てる政策です。銀行や年金基金、保険会社に対し、米国債を「安全資産」として大量に保有することを半ば強制する形で行われます。戦後の日本やイギリスで実施されたように、合法的な範囲内で、事実上の資本統制として機能するでしょう。これは、国債市場の最大の買い手であるFRBが量的引き締めを続ける中で、民間資金を国債市場に誘導するための重要な手段となると考えられます。すでに一部は静かに進行していると考えることもできます。
  • デジタルドル(CBDC)導入と通貨流動の制御(推定導入時期:2020年代後半~2030年代前半)FRBが本格的なCBDCを導入すれば、政府は国民の消費行動や資産移動をより詳細に把握し、制御することが可能になります。表向きは「効率化」や「金融包摂」が名目となるでしょうが、例えば「期限付き給付金」や「用途制限付き通貨」といった形で、実質的に自由な資本移動を制限するツールとして利用される可能性があります。また、暗号資産や金などの代替資産への資金の流れをCBDCを通じて監視・制限することも可能になるでしょう。
  • 海外送金・資産移動の制限強化(FATCA 2.0)(推定導入時期:継続的に強化)既存のFATCA(外国口座税務コンプライアンス法)の適用範囲を拡大し、米国外の金融口座や資産、特に富裕層によるオフショア資産や暗号資産の保有に対する報告義務や課税をさらに強化する動きが予測されます。これは、国債を売却して海外に資金を逃がす富裕層を監視・抑止するための、現代的な「出口封鎖」措置であると言えます。これはすでに進行中であり、今後も継続的に強化されていくでしょう。

これらの「ソフトな資本統制」は、伝統的な資本統制のように劇的な形ではなく、既存の法制度や技術インフラの拡張として、見えにくい形で進行していく可能性が高いです。

資本統制のその先:社会変革のシナリオ

資本統制が導入された後、アメリカ経済がどのようなフェーズに進むかは、その政策の強度や社会の受容度によって分岐する可能性があります。

  • 金融抑圧の深化とステルスデフォルト(推定時期:2030年代~)国債の金利を意図的に低く抑え続け、インフレによって実質的な債務負担を軽減する「金融抑圧」がさらに深化するでしょう。これは、名目上は債務を返済しつつも、実質価値をインフレによって削減する「ステルスデフォルト」とも言える状態です。年金基金や保険会社など、長期的な資金を持つ機関に国債の保有を強制するような制度設計も考えられます。
  • デジタル通貨による行動制御と監視社会(推定時期:2030年代半ば~)CBDCの普及に伴い、政府が個人や企業の支出パターンを詳細に追跡し、必要に応じて制限をかけることが可能になるでしょう。例えば、特定の消費行動を奨励したり、逆に抑制したりするためのインセンティブやペナルティがデジタル通貨を通じて付与される可能性も否定できません。これは、「保証された最低生活」と引き換えに、個人の経済的自由が一部制限される「管理社会」への移行を示唆します。
  • 国家債務の再編(事実上のデフォルト)(推定時期:2040年代以降、または経済危機時)最終的な手段として、長期国債の償還条件の変更や、一部債務の帳消しといった、より露骨な債務再編(事実上のデフォルト)に踏み切る可能性も排除できません。これは、経済的な混乱を伴うため、最後の手段として検討されるでしょう。

信用創造の限界とその先

低金利から量的緩和、現金給付へと進化してきた経済政策は、究極的には「信用創造の限界」に直面していると言えます。政府債務が制御不能な水準に達し、その持続可能性が問われる段階に至れば、国家は市場原理に委ねることをやめ、資本の自由な移動を制限する「統制」へと舵を切らざるを得なくなるでしょう。

アメリカの場合、それは民主主義と資本主義の枠組みを維持しつつも、「ソフトな統制」や「制限付きの自由」を伴う、新たな社会契約へと移行する可能性が高いです。この流れは、単なる経済政策の変更に留まらず、個人の自由や国家と市民の関係性にも大きな影響を与える、歴史的な転換点となることを生きているときに体験することになると思います。

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