Appleが日本に突き付けた警告とは何か?欧州DMAの結末からスマホ新法のリスクを読み解く

暇つぶし

日本でも2025年12月にスマホソフトウェア競争促進法いわゆるスマホ新法が全面施行されます。表向きは競争促進や価格引き下げを掲げた規制ですが、先行する欧州のデジタル市場法DMAでは、アプリ手数料が下がったにもかかわらず、ユーザーの支払額はほとんど下がらず、むしろ新機能が遅れたりセキュリティリスクが増えたりしているとAppleは主張しています。

日本の法制度が同じ道を辿るのか、それとも別の着地になるのかは、スマホを毎日使う私たちにとって他人事ではありません。

欧州DMAで何が起きたのか Appleの公式評価

DMAの狙いと現実

デジタル市場法DMAは2022年に成立し、巨大プラットフォーマーにアプリストア開放や外部決済の許容などを義務付けることで競争促進と価格引き下げを狙った規制です。 Appleはこの法律の対象となるゲートキーパーと指定され、2024年以降EU域内でサイドローディングや代替アプリストア、外部決済リンクなどへの対応を迫られました。

Apple自身は2025年9月の公式声明で、DMAの結果としてEUユーザーの体験が悪化していると明言しています。具体的には、Apple Intelligenceを使ったAirPodsのライブ翻訳、iPhoneミラーリング、地図アプリの新機能などがEUでは遅延または提供不可となっており、ユーザーが他地域より遅れて機能を受け取る状況が続いていると説明しています。

新機能の遅延という具体的なデメリット

Appleの公式文書によると、iPhoneミラーリング機能は本来MacからiPhone通知の確認や写真のドラッグアンドドロップができる便利な機能ですが、DMAの要件により他社端末でも同等に動くよう設計する必要があり、安全な実装方法が見つからないためEUでは提供できていないとされています。

同じく、AirPodsのライブ翻訳機能やマップの位置履歴機能も、他社への技術開示や相互運用の要件を満たしつつプライバシーを守る方法が確立できていないため、EUでは遅延もしくは制限付き提供となっています。これらは規制の狙いだった競争促進とは逆に、EUユーザーの選択肢を減らしているというのがAppleの主張です。

手数料は下がったのに価格は下がらない 86パーセント問題

Appleが示した数字

2025年11月に公表されたApple資金提供の調査によると、DMA対応の一環としてEUにおけるApp Store手数料は平均で約10ポイント引き下げられ、開発者側には合計約2000万ユーロ超のコスト削減効果が生じたとされています。

ところが、その後の価格動向を分析すると、開発者の90パーセント以上がアプリ価格やアプリ内課金の価格を据え置くかむしろ値上げしており、価格を下げたのは9パーセント程度にとどまったと報告されています。 さらに、手数料引き下げによる利益の約86パーセントがEU域外の開発者に帰属しているとされ、中国企業を含む海外企業の利益として吸収されているという指摘もあります。

Appleはこのデータを根拠に、DMAが約束した「価格引き下げによる消費者利益」は実現しておらず、むしろEUユーザーは価格据え置きと機能遅延という二重の不利益を受けていると強く批判しています。

この数字をどう読むべきか 賛成と反対

Appleの主張に賛成する立場からは、規制が複雑なコスト構造とリスクを増やした一方で、開発者が利益を価格に還元しなかったためユーザーは何も得ていないという評価になります。Appleにとっては手数料収入減と追加のコンプライアンスコストだけが増えたため、イノベーション投資の余力が削がれるというロジックです。

一方で反対意見も存在します。第一に、この調査はAppleが資金提供したものであり、中立性には注意が必要です。第二に、インフレや為替要因、サーバー費用増など外生要因でコストが上がっている中で、手数料引き下げ分が単純に価格へ転嫁されないのは自然であり、DMAだけを原因とみなすのはミスリーディングだという指摘があります。第三に、長期的には競争環境の変化や新規参入により価格競争が進む可能性もあり、施行から約1年程度のスナップショットだけで効果を断定するのは早計だという見方もあります。

つまり「価格は下がらず利益が86パーセント海外企業へ」というフレーズ自体は調査データに基づいていますが、その評価はApple寄りのポジションに立った解釈であり、中立なエビデンスとして扱うには慎重さが必要です。

セキュリティとプライバシー 家の鍵を他人に渡す比喩の中身

Wi-Fi履歴と通知内容という超機微データ

AppleはDMAがユーザーのセキュリティとプライバシーを危険にさらしていると主張し、その象徴としてWi-Fi接続履歴や通知内容への第三者アクセスの可能性を挙げています。公式声明によると、DMAの下で他社はiPhoneが過去に接続したWi-Fiネットワークの履歴や通知の全文など、極めて機微なデータへのアクセスを要求でき、Appleは多くの要求に応じざるを得ないとされています。

Wi-Fi履歴には自宅や勤務先だけでなく、病院や裁判所、不妊治療クリニックなど個人の生活や健康状態を推測し得る場所への訪問歴が含まれる可能性があります。これを組み合わせれば、行動パターンや交友関係までかなりの精度で推測できるため、Appleはこれを「巨大な指紋」に例えています。さらに、通知の全文にはメッセージやメール、医療アラートなどが含まれ、現在はApple自身も内容を読めないにもかかわらず、第三者には開示せざるを得ない場面が出かねないと警告しています。

豆知識スマホの位置情報とWi-Fi履歴は、単体では匿名データに見えても、複数のデータセットと突き合わせることで個人が特定できるケースが多く、欧州やOECDの報告書でも再識別リスクがたびたび問題になっています。

子どもの保護と課金リスク

Appleはもう一つの懸念として、子どもの保護機能が形骸化する可能性を挙げています。Appleの「承認と購入のリクエスト」機能は、子どもがアプリ内課金や有料アプリを購入しようとした際に、保護者の端末に通知を送り承認が無ければ決済できない仕組みです。しかし、DMAにより開発者がAppleの決済システムを迂回して独自決済を導入した場合、この仕組みを通らずに高額課金やサブスクリプション契約が行われ得るとAppleは主張しています。

消費者保護の観点から見ても、決済フローがバラバラになると返金やトラブル対応窓口が分散し、詐欺的な定期課金やダークパターンによる誘導が増えるリスクは現実的に存在します。ただし、ここでもAppleは自社プラットフォームの安全性を強調するインセンティブを持っており、規制側は逆に「Appleの独占が続くこと自体が消費者選択を阻害し、長期的には価格やイノベーションに悪影響を及ぼす」と反論しています。

日本のスマホ新法は何が違うのか

スマホソフトウェア競争促進法の概要

日本では「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」が2024年に成立し、2025年12月18日に全面施行されます。 公正取引委員会は2025年3月時点でAppleやGoogleを特定ソフトウェア事業者として指定し、基本動作ソフトウェア、アプリストア、ブラウザなどが規制対象となることを明示しました。

スマホ新法はEUのDMAと同様に、代替アプリストアや外部決済の活用制限、自己優遇などを禁止しつつ、利用者が多様なアプリやサービスを選べる環境を整備することを目的としています。一方で、施行令や指針では、犯罪防止やサイバーセキュリティ確保を目的とした措置については正当化事由として例外を認める枠組みも明記されており、単純なコピーペーストではない設計になっています。

日本版ならではのセキュリティ例外

経済産業省と公正取引委員会が公表した指針では、スマホの異常動作防止や犯罪行為の防止を目的とする制限について、一定の条件下で正当化事由として認める方針が示されています。 さらに、英訳ドラフトでは、外国政府との契約や外国法に基づき情報提供義務を負う事業者が運営する代替アプリストアによる情報収集は、国家安全保障上の高リスク情報に関して慎重な評価が必要とされており、中国企業などへの情報流出リスクを意識した文言も見られます。

この点は、Wi-Fi履歴などの機微情報が海外事業者に吸い上げられる可能性を警戒するAppleの問題提起と部分的に重なっており、日本の当局も一定程度同じ懸念を共有していると推測されます。ただし、どの程度までApple側の制限を正当と認めるかは、今後の運用と個別事案の判断に委ねられており、現時点では不確実性が大きい状況です。

「価格は下がらず利益は海外企業へ」日本で起きるか

起き得るシナリオに賛成する見方

Appleの警告をそのまま受け取る立場からは、スマホ新法によって日本でも代替アプリストアや外部決済が解禁されると、EUと同様に手数料引き下げ分がユーザー価格に還元されず、主に海外大手プラットフォームやゲーム企業の利益として吸収されるリスクが指摘できます。特に、課金売上の大部分を占めるのはゲームやエンタメアプリであり、その多くは海外企業であるため、手数料差分のかなりの部分が海外に流出する構図は、日本でも再現される可能性があります。

加えて、料金が下がらないどころか、複数のアプリストア運営費やマーケティングコストを賄う必要から、逆に価格が上がる、あるいはゲーム内のガチャ確率やアイテム設計がユーザーにより不利になるといった形で、見えない値上げが進行する懸念もあります。

それでも同じ結末にならないと見る反対意見

これに対する反対意見としては、次のような論点があります。

  • 日本のスマホ新法は指針レベルで子どもの保護やプライバシー保護に配慮した例外規定を用意しており、EUよりバランス型の運用になり得ること。
  • 国内の決済事業者や代替アプリストア事業者が育てば、海外のみならず国内プレーヤーにも利益が還元される可能性があること。
  • 価格が下がらなかったとしても、開発者側の収益性が高まることで、日本発のサービスやゲームの継続開発がしやすくなるというプラス面もあり得ること。

特に、日米首脳会談後のホワイトハウスのファクトシートでは、日本政府がスマホ新法を米企業に対し差別的に運用せず、安全と利便性のバランスを取る方針が明示されたと報じられており、EUほど対立的な展開にはならないシナリオも現実的です。

いずれにせよ、日本で同じ数字が再現されるかどうかはまだ「保留」です。DMAの事例は警告にはなりますが、それだけで日本の制度設計を全否定することもできません。ここは専門家に確認が必要な領域でもあります。

日本のiPhoneユーザーと開発者が今から準備すべきこと

ユーザーが意識しておくべきチェックポイント

一般のユーザーがスマホ新法とAppleの警告を踏まえて意識すべき点は次の通りです。

  • 代替アプリストアや外部決済を使う場合、運営企業の所在国やプライバシーポリシー、返金ポリシーを必ず確認すること。
  • 子どもの端末では、どの決済経路でも保護者の承認が必要になるよう、OS側とアプリ側両方の設定を見直すこと。
  • アプリの値上げやサブスクリプション条件変更が今後増える可能性を想定し、家計への影響を定期的に見直すこと。

特に、代替アプリストアの運営主体が外国政府とのデータ提供契約を持つ企業である場合、位置情報やWi-Fi履歴などが海外政府に渡るリスクがゼロとは言えません。日本のガイドラインは一定の歯止めを試みていますが、実務レベルでどこまで機能するかはまだ検証途上です。

開発者が冷静に計算すべきポイント

アプリ開発者にとって重要なのは、Appleの手数料構造と代替経路を比較し、「どの経路が利益最大化につながるか」だけでなく「どの経路がユーザーとの信頼維持に資するか」を定量的に評価することです。DMA後のEUでは、手数料引き下げ分をほぼ全額自社利益として取り込んだ結果、Appleに「恩を仇で返された」と見られかねない構図が生まれています。

日本の開発者が同じ行動を取れば、短期的には利益が増えても、中長期ではユーザーからの反発や規制強化リスクという形で跳ね返る可能性があります。価格をどこまでユーザーに還元するかは経営判断ですが、その判断がレピュテーションと規制環境にどう影響するかまで含めてシナリオを描く必要があります。

豆知識Appleの試算では、App Store全体で創出される取引額の9割以上はAppleの手数料対象外であり、手数料がかかるのは有料アプリやデジタルコンテンツに限定されています。 つまり、議論されているのはプラットフォーム全体の一部であり、その一部の分配ルールをどう設計するかが争点になっています。

日本はEUの失敗と米国の圧力の両方を見ながら着地を探る段階

欧州DMAは、少なくとも現時点のデータを見る限り「手数料は下がったが価格はほとんど下がらず、機能は遅れ、セキュリティリスクは増えた」というAppleの批判に一定の説得力があります。一方で、その批判の多くはApple自身が資金提供した調査や自社視点の論理に基づいており、競争政策としての長期的な効果を評価するには時間と追加データが必要です。

日本のスマホ新法は、EUほど急進的ではないものの、代替アプリストア解禁や外部決済の容認など、ユーザーにとって利便性とリスクの両方を増やす要素を含んでいます。日米合意や公正取引委員会の指針を見る限り、安全と競争のバランスを取ろうとする意思は読み取れますが、実際の運用がどうなるかはまだ不透明です。

ユーザーとしてできる現実的な対策は、安易に「無料だから」「ポイントが付くから」といった理由だけで新しいストアや決済手段に飛びつかず、運営主体とデータ取り扱いを確認することです。開発者側は、EUのケースのように短期利益だけを追うのではなく、価格と安全性、透明性のバランスをどう取るかを戦略として設計する必要があります。

競争促進とユーザー保護は本来どちらか一方だけを選ぶものではありません。日本のスマホ新法がEUと同じ「皮肉な結末」を辿るかどうかは、これから数年の運用と、ユーザーと開発者の選択次第です。制度そのものを嘆く前に、自分がどのプラットフォームと事業者を選び、どのリスクを受け入れるかを意識的に選ぶことが、結局は一番の防御策になります。

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