イランという国の軍事戦略を深く見ていくと、「指導者が倒れても組織は動き続ける」という構造があります。
今回はイランの継戦能力と戦略を徹底的に分析した上で、3つのシナリオを設定し、具体的に整理しています。
イランの戦略の本質
「指導者を倒せば終わる」は大きな誤解
イランの軍事戦略の根幹を理解するには、革命防衛隊(IRGC)という組織の設計思想を知る必要があります。革命防衛隊は国内の治安維持や国境警備にとどまらず、イラク・イエメン・レバノン・シリアなどに展開する親イラン民兵組織のネットワーク全体を束ねる司令塔として機能しています。重要なのは、この組織が「指揮官が倒されることを前提に分散配置・自律行動できるよう設計されている」点です。
2025年6月にイスラエルが単独でイランの核施設を攻撃した際、司令官が殺害されたにもかかわらずイランは速やかに後任を選任し、作戦遂行能力を維持しました。
今回はハメネイ師という「後任を指名する権限を持つ人物」自体が死亡しており、指揮系統の混乱は前回より深刻です。しかし同時に、イランはすでに「暫定指導評議会」を設置して職務代行を開始しており、完全な無政府状態にはなっていません。
イランの4つの「残存戦力」
今回の攻撃でイランが受けたダメージは甚大ですが、以下の4つの戦力は依然として機能し続けています。
第1に、ホルムズ海峡の制海権的な妨害能力です。革命防衛隊海軍は約2万人規模を維持しており、小型高速艇・機雷・対艦ミサイルによるホルムズ海峡での嫌がらせ・選択的攻撃が可能な状態にあります。ただし海上専門家のBIMCOは「完全封鎖より特定国籍の船を狙う選択的妨害のほうが現実的」と警告しており、全面封鎖ではなくピンポイントの嫌がらせが長期化する可能性が高いとみています。
第2に、核の残存能力です。IAEAの調査では2025年6月の攻撃後も核技術センターで定期的な活動の継続が衛星画像で確認されており、核のブレークアウト(核兵器製造)に必要な技術・人材は残存しているとみられています。この「核の切り札」を完全に排除しない限り、米・イスラエルは定期的な攻撃を繰り返さざるをえない構造に入ります。
第3に、代理勢力ネットワークです。フーシ派(イエメン)・ヒズボラ(レバノン)・ハシュド・シャービー(イラク)などの親イラン組織は、イラン本土が攻撃されても独立して活動できる能力を持っています。これらの組織が報復攻撃を継続する限り、中東全体の不安定化は続きます。
第4に、外交的二枚舌戦略です。イランのアラグチ外相は「ホルムズ海峡を封鎖する意図はない」と公式に否定しながら、革命防衛隊はタンカーへの攻撃を継続するという矛盾した行動をとっています。これはイランが「外交的な出口を残しながら最大圧力をかける」という伝統的な交渉術を駆使していることを意味します。最終的な停戦交渉の窓口は残っているとも言えます。
トランプのジレンマ:「短期決着」への強い圧力
トランプ大統領自身、イランとの戦闘が「4〜5週間続く」との見通しを示しています。これはMAGA(アメリカを再び偉大に)派の支持者の多くが「海外への長期軍事介入」を嫌っているという現実と無関係ではありません。複数の政治学者が「泥沼化すればトランプのコア支持層が離反するリスクがある」と指摘しており、トランプ自身が「長期化させたくない強いインセンティブ」を持っています。これは短期収束シナリオを引き上げる重要な変数です。
3つのシナリオと確率評価
以上の分析を踏まえ、今後の展開を3つのシナリオに整理します。前回の分析から再検証を経て確率を修正しています。
シナリオA:1ヶ月以内に実質的な停戦・通行再開(確率35%)
革命防衛隊の指揮系統が混乱し、暫定評議会が外交的解決を優先する選択をするケースです。
トランプの「4〜5週間」発言と、イラン外相の「封鎖の意図はない」という外交的否定が組み合わさって停戦交渉が動き出す展開がこれにあたります。OPECプラスが4月に20万バレルの増産を決定したことも、このシナリオでは原油高の天井を抑える緩衝材として機能します。
シナリオB:断続的な「モグラ叩き型」の中期化(1〜3ヶ月、確率45%)
今回の再検証で最も確率が高いと判断した、新しく設定したシナリオです。核の残存能力が完全に排除されない限り、米・イスラエルは定期的に攻撃を繰り返さざるをえません。
一方でイランも代理勢力や海峡での選択的妨害を継続します。「攻撃と一時停止を繰り返す」状態が1〜3ヶ月続くイメージで、完全な収束でも完全な長期化でもない「中間状態」が最も現実的です。このシナリオでは市場の不確実性プレミアムが慢性的に乗り続け、金や防衛株が安定的に強い傾向が続きます。
シナリオC:半年以上の長期化・泥沼化(確率20%)
革命防衛隊が体制を維持し、イラン・イラク戦争のように「耐えがたい損害が蓄積されるまで停戦しない」パターンに入るケースです。
イラン・イラク戦争では戦死傷者が国内で耐えがたい水準に達し、経済も破綻状態になるまで停戦しなかった歴史があります。ただしトランプのMAGA政治的制約があることから、純粋な軍事的長期化よりも「断続的モグラ叩き」(シナリオB)に収束する可能性が高く、確率は前回の分析から引き下げています。
| シナリオ | 期間目安 | 確率評価 | 主なカギとなる変数 |
|---|---|---|---|
| A:早期収束 | 1ヶ月以内 | 35% | 暫定評議会の外交判断・トランプの政治的都合・OPECプラス増産 |
| B:断続的モグラ叩き(最有力) | 1〜3ヶ月 | 45% | 核残存能力の排除度・代理勢力の動向・ホルムズ選択的妨害の継続 |
| C:長期泥沼化 | 半年以上 | 20% | 革命防衛隊の結束維持・MAGAの忍耐限界・イランの民衆蜂起の有無 |
シナリオ別:注目できる日本銘柄
シナリオA(早期収束)で注目できる銘柄
早期収束の場合、「混乱期に売られすぎた銘柄のリバウンド」と「防衛費増額の恒久トレンド」の両方を狙う戦略が有効です。
| 銘柄・セクター(コード) | 判断 | 理由と注意点 |
|---|---|---|
| 海運3社 日本郵船(9101)・商船三井(9104)・川崎汽船(9107) |
慎重に注目 | 収束後の輸送需要急増でリバウンド期待。高配当(川崎汽船約4.8%、日本郵船約4.7%)も魅力。ただし「選択的妨害(日本船狙い撃ち)」のリスクが残るため、情勢確認後の判断が無難。 |
| 三菱重工(7011)・川崎重工(7012) | 注目 | 収束の有無にかかわらず防衛費増額の流れは変わらない。全シナリオで共通して有望な銘柄。 |
| INPEX(1605) | 短期のみ注目 | 収束と同時に原油価格が反落するため、短期のモメンタムトレード向き。長期保有には向かない。OPECプラス増産が原油高の天井を抑える点にも注意。 |
| 伊藤忠商事(8001) | 相対的に安定 | 非資源型ビジネスが柱で中東リスクの直接露出が小さい。混乱期の「逃げ込み先」として評価されやすく、収束後も安定感が続く。 |
シナリオA(早期収束)で控えるべき銘柄
短期の混乱期が過ぎればリバウンドするため「売る必要はないが、今この瞬間に新規で買うには慎重に」という意味合いです。
航空株(JAL・ANA)は中東路線の閉鎖とジェット燃料高騰のダブルパンチで混乱期の業績が悪化しますが、収束後は急回復が期待できます。今の価格で新規購入するより、情勢が落ち着いてから検討するほうが安全です。電力株(東京電力・中部電力など)はLNG調達コストの急騰が業績を直撃しますが、収束後は回復します。
シナリオB(断続的モグラ叩き・最有力)で注目できる銘柄
このシナリオでは「慢性的な不確実性」が続くため、不確実性そのものを味方につける資産・銘柄が強くなります。
| 銘柄・セクター(コード) | 判断 | 理由と注意点 |
|---|---|---|
| 純金ETF・金関連ファンド | 最も安定的に注目 | 不確実性の慢性化=金への需要継続。攻撃と停止を繰り返す局面では金が最も安定したパフォーマンスを示しやすい。円建て金価格は円安効果も加わり高止まりしやすい。 |
| 三菱重工(7011)・川崎重工(7012)・IHI(7013) | 強く注目 | 防衛費増額は全シナリオ共通のトレンド。断続的な中東不安定化は日本の防衛予算増額議論をさらに後押しする。護衛艦・ミサイル防衛システムの受注が中長期で続く。 |
| INPEX(1605)・石油元売り(ENEOS・出光興産) | 注目(ただし変動大) | 断続的な攻撃が続く限り原油価格は高止まりしやすい。OPECプラス増産が上値を抑えるが、攻撃再開のたびに原油高が再燃するサイクルが繰り返される。石油元売りは在庫評価益も出やすい。 |
| 住友商事(8053)・丸紅(8002) | 相対的に安定 | 農業・食料・インフラ権益に強く、中東依存度が三菱商事・三井物産より低い。地政学リスクが慢性化する局面での安定収益源として見直される可能性がある。 |
| 再エネ・原子力関連 (レノバ・日立製作所など) |
中期的に注目 | 中東エネルギー依存の脆弱性が繰り返し露呈することで、政府の再エネ・原子力推進政策が加速する。中期的な政策銘柄としての位置づけが強まる。 |
シナリオB(断続的モグラ叩き)で控えるべき銘柄
このシナリオで最も注意が必要なのは、「攻撃が再開するたびに下落し、停止するたびに戻る」という乱高下を繰り返す銘柄群です。個人投資家にとってこの種の銘柄は精神的なコストが高く、リスク管理が非常に難しくなります。
海運3社(9101・9104・9107)はこのシナリオで最も扱いが難しい銘柄です。選択的妨害が慢性化する場合、「動けない船が損失を積み上げる期間」と「運賃急騰で稼ぐ期間」が不規則に繰り返されます。長期保有には向かず、短期トレードを繰り返すには情報感度とリスク許容度が必要です。
電力株(東京電力・関西電力・中部電力など)は控えるべき筆頭です。LNG調達コストの高止まりが燃料費調整額に転嫁されるまでのタイムラグが存在し、その間は業績が悪化します。加えて電気代値上げへの世論の反発が政治的な価格規制につながるリスクもあります。
航空株(JAL・ANA)は中東路線の長期閉鎖加えてジェット燃料代の高止まりが続き、業績の低迷が長期化しやすい構造です。
また、大手外食・小売・輸送(イオン・セブン&アイ・ヤマト運輸など)も慎重に見る必要があります。輸送コストの高止まりと食料品インフレが消費を継続的に圧迫し、内需型企業であっても間接的な打撃が蓄積されます。
シナリオC(半年以上の長期泥沼化)の銘柄判断
このシナリオはシナリオBの傾向をさらに強化したものです。防衛3社・金ETFへの集中度をさらに高め、エネルギー安保関連の政策銘柄(原子力・再エネ)が最も恩恵を受けます。一方、海運・航空・電力・外食・小売への「控える」判断はより強くなります。
特に注意が必要なのは資源型商社(三菱商事・三井物産)です。権益の帳簿上の価値は上昇するものの、中東での実際の操業が困難になるという逆説的な状況が長期化します。「数字上は良く見えるが、実態は利益回収が困難」という状態が続くリスクがあります。
全シナリオ共通で安定的に注目できる銘柄
どのシナリオになっても比較的安定して注目できる銘柄が2つあります。一つは防衛株(三菱重工・川崎重工・IHI)です。防衛費増額は今回の事態に関係なく日本政府の方針として確定しており、この流れは全シナリオで継続します。もう一つは純金ETFです。早期収束なら一時的な利確売りはあるものの、中央銀行の金買い増しという構造的需要が下支えします。断続的モグラ叩きや長期化では安定的な上昇トレンドが続きます。
今後の情勢判断のポイント
投資判断を行う上で、今後数週間で注目すべき指標・ニュースを整理しておきます。
まずホルムズ海峡の通航状況です。タンカーの実際の通過数が回復し始めれば、シナリオAへの移行シグナルです。BIMCOやLloyd’s List Intelligenceが定期的にデータを公表しています。
次にイランの暫定評議会の動向です。評議会が「核開発の凍結」を条件とした停戦交渉に動き始めれば、早期収束の可能性が高まります。また原油価格(WTI)が70ドル台に落ち着けばシナリオA、90ドルを超えて高止まりすればシナリオBかC、という大まかな目安になります。最後に米軍の追加攻撃の有無です。最初の攻撃から3〜4週間後に米国が「次の標的」を宣言するか停戦交渉に入るかが、シナリオBとAを分ける最大の分岐点になります。
「モグラ叩き型中期化」を中心シナリオとして備える
今回の分析で最も重要な結論は、「1ヶ月で終わるか半年続くか」という二択よりも、「断続的な攻撃と一時停止を繰り返す、慢性的な不確実性が1〜3ヶ月続くシナリオ」が最も蓋然性が高いという点です。
このシナリオBを中心に据えて考えると、取るべき行動の輪郭が見えてきます。防衛株と金ETFは全シナリオで安定した有望銘柄として機能します。海運株は短期の期待先行での上昇には乗れるかもしれませんが、長く持つほどリスクが増します。電力株と航空株は情勢が落ち着くまで新規購入を急ぐ必要はありません。そして伊藤忠商事・住友商事・丸紅のような非資源型・非中東依存型の商社は、地政学リスクが慢性化する局面での安定銘柄として見直す価値があります。
中東の情勢は現在も刻一刻と変化しています。「シナリオが変わった」と感じたら、ポジションの見直しも躊躇なく行うことが大切です。情報をアップデートしながら、冷静に長期的な視点を保つことが、今の市場を乗り切る最大の武器になるでしょう。

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