2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの大規模軍事攻撃に踏み切りました。
原油価格は急騰し、日本経済は再び深刻なエネルギー安全保障の試練に立たされています。しかしここで注目すべきは、単に「原油が上がったから株が売られた」という話ではありません。
この中東戦争は、もう一つの地政学リスクである台湾有事のタイムラインに、しかし確実に影響を与えています。二つのリスクが連動したとき、日本経済と株式市場はどうなるのでしょうか。2026〜2027年の中期シナリオとして、具体的に整理していきます。

まず現状整理、中東で何が起きているのか
今回の米・イスラエルによるイラン攻撃は、2025年6月の核施設攻撃の延長線上にあります。ただし規模と深度は明らかに前回を超えました。最高指導者が死亡し、イランは報復として中東各地への攻撃を加えています。ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態になったことで、超大型原油船の日額運賃が急騰し、海上輸送コストの上昇はすでに始まっています。
野村総合研究所は今回の事態を踏まえた3つのシナリオを試算しています。ベースシナリオ(軍事活動が長期化するが完全封鎖には至らないケース)では原油価格が1バレル87ドル程度まで上昇、最悪シナリオ(イランが正式に完全封鎖を宣言し長期化)では1バレル140ドル水準への上昇が見込まれます。長期封鎖に至れば、日本の物価・景気への打撃は深刻なものになります。また、紅海とホルムズが同時に不安定化している現在の状況は、2024年の紅海危機(ホルムズが機能していたため原油供給を維持できた)と比べて、迂回先すら限られるという点でより深刻です。
豆知識:日本のエネルギー調達構造とホルムズ依存
日本の原油輸入に占める中東依存度は約94〜96%(資源エネルギー庁・石油連盟最新統計)に達しており、その大半がホルムズ海峡を経由しています。一方、LNG(液化天然ガス)の中東依存度は1割弱にとどまります。LNGの主な調達先はオーストラリア(41.6%)、マレーシア(15.6%)、ロシア(9.3%)など中東以外の地域が中心となっており(資源エネルギー庁2025年2月資料)、電力・都市ガスのエネルギー源としてはリスク分散が進んでいます。石油備蓄については、2025年12月末時点で国家備蓄・民間備蓄・産油国共同備蓄を合わせて254日分が確保されており(資源エネルギー庁)、短期の封鎖であれば直接的な供給危機には至りません。

見逃されている視点、中東消耗が台湾抑止力を削る
ここから先が、多くのメディアが十分に論じていない核心部分です。
今回の中東戦争で米軍は大量のミサイル迎撃弾、精密誘導兵器、艦艇リソースを消費しています。米国が中東に戦力と弾薬を注ぎ込む間、インド太平洋における前方展開能力は当然ながら手薄になります。これは中国にとって、朗報です。
安全保障の専門家たちが指摘するのは、中国が中東危機から得る教訓は「米軍は強い」と同時に「消耗させれば有利になる」という両面だという点です。中国の国防費は2026年で前年比7%増と拡大を続けており、習近平は台湾統一方針を改めて掲げています。一方で米軍の弾薬補充には相当の時間がかかります。ウクライナ支援でも消耗した在庫が、中東戦争でさらに削られるという構図です。
日本政府とアジアの安全保障当局者が最も懸念しているのはここです。アジアに展開していた米海軍戦力が中東に引き抜かれ、対中抑止の中期的な余力が落ちる可能性があります。これは「台湾有事が起きやすくなる」という意味ではなく、「中国の計算式が変わる可能性がある」という意味です。
| 時期 | 主なリスク要因 | 日本経済・市場への主な影響 |
|---|---|---|
| 2026年上半期(現在進行中) | ホルムズ準封鎖、原油急騰、海上運賃上昇 | 日経平均の調整局面継続、輸入コスト増、インフレ加速、消費圧迫 |
| 2026年下半期 | 中東長期化、米軍消耗、台湾リスク意識の高まり | リスクプレミアム上昇、防衛関連株に資金集中、外国人投資家の日本株見直し |
| 2027年前半 | 台湾有事リスクとの重複、中国の動向監視 | 半導体・電子部品の供給不安プライシング、円相場の二面性リスク拡大 |
2026〜2027年のシナリオ、三つの連鎖が同時に動く
ここで一つのシナリオを提示します。あくまで分析上の仮定であり、予測や断定ではありませんが、複数の専門家分析を組み合わせると、以下のような連鎖が2026〜2027年の日本経済に影響を与え得ます。
第一の連鎖:エネルギーとスタグフレーション圧力(2026年春夏)
中東情勢が長期化した場合、原油価格の高止まりは日本国内の電気代・ガソリン代・輸送コストを押し上げます。企業の収益を圧迫しながら同時に物価も上昇するというスタグフレーション的な構図です。原油高の影響で米国のインフレ率が高まれば、FRBの利下げ期待が後退し、日米金利差の縮小シナリオが崩れるリスクがあります。これは円安の長期化要因です。
2022年のロシア・ウクライナ侵攻の際、日経平均は侵攻開始から約2週間下落した後に反発しました。しかし今回は規模と複雑性が異なります。前回の第一次イラン攻撃(2025年6月)は短期で収束し株価への影響が限定的でしたが、今回はハメネイ師の死亡という政治的空白を伴い、収束までの時間が読みにくい局面にあります。化石燃料の輸入依存度が高い日本と韓国は、アジア諸国の中でも今回の影響を最も受けやすいとされています。
第二の連鎖:防衛費増大と財政リスクの顕在化(2026年秋)
日本の防衛費は2026年度にGDPの2%目標への到達を目指しています。これ自体は安全保障上の必要対応です。しかし問題は財源です。法人税増税やたばこ税増税を財源とする計画が進む中、国際情勢の緊迫を背景に防衛費をさらに上積みする圧力が高まっています。
防衛費の大半が米国からの装備品輸入に充てられている構造上、日本国内への経済波及効果は限定的になりやすいです。米国からの要求がGDP比5%への引き上げを求めるものになれば、その財源確保は財政の持続性問題に直結します。2026年秋以降、日本の長期金利上昇と財政悪化懸念が同時に意識される局面が来る可能性があります。
第三の連鎖:台湾有事リスクの現実味と半導体ショック(2027年前半)
中国人民解放軍の近代化目標の到達期とされる2027年前後にかけて、台湾をめぐる緊張が高まるリスクは安全保障の専門家の間で広く共有されています。台湾有事が勃発した場合の日本への影響は多岐にわたります。
中でも最も深刻なのが半導体供給の断絶です。TSMCを中心とする台湾企業のファウンドリ市場シェアは約70%に達し(JETROデータ)、最先端ロジック半導体(線幅10nm以下)の製造工場の92%が台湾に集中しています(キヤノングローバル戦略研究所)。台湾が機能不全に陥った場合、自動車・家電・通信機器など日本の幅広い製造業が生産停止に追い込まれるリスクがあります。
ブルームバーグ・エコノミクスが2026年2月に発表した試算では、台湾有事が現実化した場合の日本のGDP影響はマイナス14.7%に達すると推計されており、これはコロナ危機の打撃をはるかに上回る水準です。世界全体への影響でも、GDPの約10%に相当する10兆ドル規模の損失が見込まれています。
豆知識:シーレーンの二重リスク
中東からの原油タンカーはインド洋を経由し、マラッカ海峡やバシー海峡を通過して日本に到達します。中東のホルムズ海峡と台湾周辺の海域が同時に不安定化した場合、原油輸送ルートは大幅な迂回を迫られ、輸送コストと所要日数が急増します。2024年の紅海危機ではホルムズが機能していたため原油供給は維持できましたが、今回は紅海とホルムズが同時に不安定化しており、前例のない複合リスクとなっています。仮に台湾有事が重なれば、バシー海峡ルートの安全保障も問題となり、日本のエネルギー調達路が三重に圧迫される最悪シナリオになり得ます。
株式市場への影響、セクター別に見る明暗
こうした地政学リスクの高まりは、日本の株式市場において一様に悪影響をもたらすわけではありません。リスクの性質によって恩恵を受けるセクターと打撃を受けるセクターが明確に分かれます。
上昇圧力を受けやすいセクターとして、防衛・安全保障関連が挙げられます。防衛費の拡大方針が続く中、国内の防衛産業株には中期的な受注増期待が働きやすいです。エネルギー関連株も原油高局面では恩恵を受けます。また、地政学リスクが高まる局面では伝統的に金が買われ、金関連株や資源株にも注目が集まります。さらに、台湾リスクを背景にした半導体の生産分散を追い風に、日本の製造装置・材料メーカーへの中期的な需要拡大も期待しやすいです。
一方で下落圧力を受けやすいセクターは、自動車・電機・精密機器など台湾半導体依存度の高い輸出製造業です。原油高による輸送・製造コスト増加も響きます。インバウンド消費や国内消費関連も、スタグフレーション的な環境では逆風となります。外国人投資家から見れば、日本は地政学リスクの最前線に位置する市場として見られ、リスクオフ局面では売りが先行しやすいです。
投資家が今から備えるべき視点
地政学的緊張が後退するにつれて市場は徐々に落ち着きを取り戻すという過去のパターンは今回も成り立ち得ます。ただしその収束がいつになるかが問題です。2022年のウクライナ侵攻では侵攻後2〜3週間で日経平均は反発しました。しかし今回の中東戦争は、地政学的構造がより複雑であり、台湾有事リスクとの連動を考慮すれば、収束後も「不確実性プレミアム」は残りやすいです。
現実には、イランの後継政権の安定性、ホルムズ海峡の正常化時期、そして中国が何を学び何を決断するかという変数が積み重なっています。楽観シナリオ(数週間での収束)も、悲観シナリオ(台湾有事の現実化)も、どちらも排除できません。
投資家として今から意識しておくべきポイントは大きく三つあります。
一つ目はエネルギーコストと企業収益の連動を注視することです。原油が高止まりする期間が長くなればなるほど、内需系・輸送系企業の収益に下押し圧力がかかります。決算発表時の通期予想修正の動向に注目したいところです。
二つ目は日銀の政策対応の余地です。原油高によるインフレが加速した場合、利上げペースの加速と、逆に景気悪化防止のための据え置きという二面性のある政策判断が迫られる可能性があります。円相場も「有事のリスクオフ買い(安全資産需要)」と「エネルギー輸入増加・財政悪化による円安」という相反する力が同時に作用するため、一方向に読むことが難しい局面が続きます。
三つ目は半導体サプライチェーン再編を機会として捉える視点です。TSMCが熊本県に建設したJASM第1工場はすでに稼働しており、第2工場は2027年末の稼働を計画しています。台湾リスクの高まりは、こうした生産分散の動きをさらに加速させます。日本の半導体関連製造装置・材料メーカーには中期的な需要拡大要因となり得ます。
| シナリオ | 条件 | 日本株市場の方向感 |
|---|---|---|
| 楽観シナリオ | 中東が数週間で収束、ホルムズ再開通、中国が静観を続ける | 短期調整後の回復基調、防衛・半導体装置株が相対優位 |
| 中立シナリオ(本稿ベース) | 中東が数ヶ月単位で長期化、米軍消耗が進むが台湾有事は顕在化せず | ボラティリティ高い横ばい圏、セクター格差が拡大、防衛・資源・半導体装置が相対優位 |
| 悲観シナリオ | 台湾封鎖・半導体供給危機が2027年に顕在化 | ブルームバーグ・エコノミクス推計で日本GDPマイナス14.7%規模の打撃、製造業・輸出関連の大幅下方修正 |
中国の視点から台湾有事の可能性を考える
最後に、中国側の視点から今回の中東戦争が台湾判断に与える影響を整理しておきます。
北京が中東戦争から得る学習は一面的ではありません。「米軍は強い」という認識と、「消耗させれば有利になる」という計算が同時に進行しています。台湾有事の費用対効果の計算において、米軍の弾薬在庫の消耗状況は重要な変数です。ただし現時点で台湾当局者自身が「中国の意図の変化を読み込むべきではない」と警告しており、中国が台湾有事を決断したと断定する材料は存在しません。
重要なのは、台湾有事が「起きるかどうか」よりも「どのような形で市場が織り込むか」です。台湾への全面侵攻より封鎖や限定的な圧力というシナリオのほうが中国にとって実行ハードルが低いとする見方もあります。その場合でも半導体供給の不安定化と日本のサプライチェーン混乱は避けられません。
一方で、台湾の半導体産業はリスクへの自覚を深めています。TSMCをはじめ台湾メーカーの間では2020年以降、台湾域内に一極集中していた生産拠点を米国・日本へ分散させる動きが加速しており(JETROレポート)、台湾リスクへの備えとサプライチェーン再編は市場にとってリスクと機会の両面をはらんでいます。
二つのリスクは連動している
中東での米軍消耗は対中抑止力の中期的低下につながり得ます。台湾有事が現実化すれば、エネルギー危機と半導体供給断絶が同時に日本を直撃するという前例のない複合リスクが生まれます。
2026〜2027年の日本経済は、中東の収束次第で楽観シナリオも十分あり得ます。しかし「リスクが二重に連動している」という構造変化を理解した上で市場を見ることが、今後の投資判断においてこれまで以上に重要になります。地政学リスクは、短期の市場ノイズではなく、日本経済の中期構造を変える力を持ち始めています。

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