『たった4年で100店舗の美容室を作った僕の考え方』が全業種に刺さる理由

【本】

何かしらの事業を経営していて、人材の採用や離職に悩んでいるとしたら、この本は間違いなく読む価値があります。

北原孝彦著『たった4年で100店舗の美容室を作った僕の考え方』は、タイトルだけ見ると美容業界向けの成功本に思えるかもしれません。しかし、読み進めるとすぐにわかります。これは美容室の本ではなく、仕組みで会社を回すための設計図なのだと。

著者の北原孝彦さんは、2015年に長野県で美容室Dears(ディアーズ)を1店舗開業し、そこからわずか4年で100店舗以上に拡大しました。グループ年商は40億円を超え、リピート率90%以上、直営店の離職率はほぼゼロ。しかも週休3日制、フレックス制、店長なし。普通に考えたら矛盾だらけのこの仕組みが、なぜ成立するのか。本書にはその答えが、驚くほど具体的に書かれています。

今回はこの本の核心にある北原メソッドを詳しく解説しながら、美容室以外のどんな業界に転用できるのかを考察していきます。

著者・北原孝彦とは何者なのか

北原孝彦さんは1983年、長野県生まれ。理美容専門学校を卒業後、地元の美容室に就職し、入社3年で店長に抜擢されています。ここまでは順当なキャリアに見えますが、ユニークなのはこの先です。

店長時代にブログやメルマガを活用した集客に取り組み、月に100人以上の新規顧客を獲得する手腕を発揮。同時に独学でアフィリエイト(ネット広告収入)を学び、副業で月100万円以上を稼いでいたというから驚きです。美容師の給料20万円にプラスして副業100万円という、なんとも不思議な生活を送っていたそうです。

その後、勤めていた美容室を退社し、2015年5月にDears1号店を開業。オープンからわずか3カ月で予約が1カ月先まで埋まり、11カ月後には2店舗目をオープン。2017年には全国30店舗、2019年10月に100店舗を達成しました。現在は150店舗を超える規模にまで成長しています。

北原さんのもう一つの顔:

美容室経営のほかに、有料オンラインコミュニティも運営しています。リリースからわずか3カ月で700人が集まり、年商1.7億円規模にスケール。ここでは自身の事業づくりをすべて公開しており、美容業界だけでなく多業種の経営者が学んでいます。

北原メソッドの全体像 — 6つの柱を徹底解説

本書の構成は、0店舗から100店舗までの成長過程をステージごとに追う形になっています。それぞれのステージで北原さんが何を考え、何を仕組みとして設計したのか。その思考プロセスが丸ごと公開されている点がこの本の最大の価値です。ここでは、本書の内容を6つの柱として整理して解説します。

柱1: 設定と設計 — ゴールから逆算してビジネスを組み立てる

北原さんは1店舗目を開く前から、全国47都道府県への展開を目標にしていました。普通なら夢物語に聞こえますが、北原さんのアプローチは違います。最初から100店舗に耐えうるビジネスモデルを設計してから1店舗目を開いたのです。

具体的には、まずサロンのコンセプトを髪質改善に特化させました。カットは主観的な評価になりやすく、お客さんが満足するかどうかはスタイリストの感性に左右されます。一方、髪質改善は触れば誰でも違いがわかる。つまり正解が明確な商品を選んだわけです。

メニューもすべてフルコースのセットメニューにし、単品メニューは置いていません。カットのみの料金はあえて高めに設定し、基本的には受けない方針です。これにより客単価が自然と高くなり、経営の安定性が格段に上がります。

さらに、1店舗目は徹底的にお金をかけずにスタートしています。4席入るスペースに椅子は2つだけ、シャンプー台も1台のみ、家賃もできるだけ安い物件を選ぶ。これはアフィリエイト時代に培った感覚で、小さくテストして勝てるとわかったら一気にアクセルを踏むという考え方です。

ポイント:

北原さんは1店舗目を自分の仕組みが機能するかどうかのテストケースと位置づけていました。うまくいかなければ1店舗目も閉めるつもりだったそうです。このテスト思考は、IT業界でいうMVP(最小限の製品で市場を検証する手法)と本質的に同じです。

柱2: 社員の能力に頼らない — マニュアルによる再現性の確保

これが北原メソッドの最も革新的な部分です。多くの経営者は優秀な人材を採用しようとします。しかし北原さんは正反対のアプローチを取りました。

北原さんが採用するのは、上昇志向が強いバリバリのタイプではなく、いくつかのお店を転々として仕事や人生に疲れている人です。なぜか。上昇志向の強い人はいずれ独立してしまうからです。優秀な社員が辞めるたびに会社が揺らぐような構造では、100店舗の展開は不可能です。

その代わりに、誰がやっても同じ結果が出る仕組みをつくりました。Dearsでは接客から施術まで、すべてがマニュアル化されています。中途採用で入った美容師は3カ月間マニュアルの動画を見てトレーニングし、先輩スタイリストの髪を実際に担当してアドバイスを受けます。この3カ月で技術だけでなく、Dearsの働き方そのものを体得してもらう仕組みです。

接客においてもマニュアルに沿った対応のみで、余計な会話はしません。お客さんとの会話は主観が入りやすく、スタッフによって品質がバラつく原因になるからです。これは一見冷たく聞こえるかもしれませんが、髪質改善という明確なゴールがあるサロンにおいては、技術に集中できる環境こそがお客さんの満足につながります。

入社6カ月で予約が1カ月先まで埋まるスタイリストに育つというのだから、この仕組みの再現性は本物です。

柱3: 店長を置かない — 管理職ゼロのフラット組織

本書で最も多くの経営者が衝撃を受けるのが、この部分でしょう。Dearsには店長がいません。管理職もいません。ミーティングもゼロです。

北原さんの論理はシンプルです。100店舗に店長を置くなら100人の店長を育てなければならない。1人の店長を育てるのに2~3年かかるとして、100人分だと何年かかるのか。店長の育成を中心に据えると、事業拡大のスピードが致命的に落ちてしまう。だったら店長がいなくても回る仕組みをつくればいい、と。

では店長なしでどうやって店舗を回すのか。答えは個室サロンとマンツーマン対応にあります。Dearsは全室個室(または半個室)で、スタイリスト1人が1人のお客さんに最初から最後まで対応します。つまり各スタッフが自分の席の経営者のような形で働くわけです。

上下関係も先輩後輩も一切なし。フレックス制で、自分のお客さんの施術が終わったら帰ってOK。朝一のお客さんがキャンセルになったら次のお客さんの30分前に出勤すればいい。みんなが仕事を終えるまで帰れないという非合理は徹底的に排除されています。

個室にすることのもう一つの効果は、スタッフ同士の不要な摩擦を防げることです。美容師の離職原因を調べると人間関係が上位に来ますが、そもそも必要以上にコミュニケーションを取らなくていい環境をつくれば、その問題自体が発生しにくくなります。

北原さんとスタッフの連絡はLINEが中心。定期報告もシンプルで、店の売上、集客広告費、新規問い合わせ数、新規入客数、新規時間予約数の5項目のみ。数字で客席が満席になるように設計しているから、それ以上の情報は必要ないのです。

経営者の労働時間:

本書では経営者は月に3時間働けばいいと述べられています。実際、北原さんは店舗に年に1回顔を出す程度。6名のスタッフで約120~150店舗のマーケティングと集客を行っており、しかも全員リモートワークです。

柱4: 再現性がすべて — 新エリアでも同じ結果を出す

1~2店舗の成功はまぐれかもしれません。しかし北原さんは2店舗目を店長なしの組織で立ち上げ、これが機能することを確認しました。3店舗目からはフランチャイズ(FC)展開を開始。経営難のサロンにDearsの仕組みを導入したところ、売上が3カ月で4倍になるV字回復を遂げたケースもあったそうです。

FC展開のポイントは、集客を本部が一手に引き受けていること。各店舗のホームページ制作、SEO対策、Web広告運用をすべて本部のチームが担当します。これは北原さんがアフィリエイター時代に培ったWebマーケティングのスキルが存分に活かされている部分です。

オーナーや現場スタッフはお客さんの施術に集中すればよく、集客の心配をする必要がありません。この役割分担の明確さが、どのエリアに出店しても同じ結果を再現できる秘密です。

柱5: 自動化で成長が加速する — 仕組みの上に仕組みを重ねる

4店舗を超えたあたりから、北原さんは成長の自動化にフォーカスしています。ここでいう自動化とは、ITツールの話だけではありません。人の判断が介在しなくても事業が前に進む構造をつくるということです。

たとえば、店販(店頭での商品販売)については給与に一切反映しないルールにしています。店販に歩合をつけると、あのお客さんは私がアプローチしたのにといったスタッフ間の軋轢が生まれるからです。グレーゾーンを徹底的に排除して、揉め事の種をゼロにする。これも自動化の一形態です。

報告の仕組みもシンプルを極めています。月末に全店舗からLINEで売上報告が届き、北原さんがそれに目を通す。これだけです。店舗が50から100に増えても、北原さんの作業量は報告を読む時間が2倍になっただけだったそうです。

柱6: 働きやすい環境をつくる — 女性ファーストの設計思想

Dearsのスタッフは大半が女性です。北原さんは、女性は結婚や出産などのライフステージの変化が多いことを踏まえ、その時々で理想の生活を送れるように環境を整えることがオーナーの務めだと語っています。

週休3日制もフレックス制も、この考え方から生まれた制度です。社会保険完備で、前職より待遇が良くなるケースがほとんど。その結果、転職してきたスタッフの満足度は高く、ここでずっと働きたいという声が自然と出てくる。離職率がほぼゼロになるのも当然です。

仲良くなろうとするから職場の人間関係が悪くなる、というのも北原さんの持論です。だからスタッフ同士の食事会は会社の経費で出す。お金の絡まない場でリラックスして交流してもらう方が、健全な関係が築けるという発想です。

北原メソッドを他業界に転用できるか — 5つの業種で考察

北原メソッドの核心は、個人の能力に依存しない仕組みをつくり、それを横展開する、というものでした。この考え方は美容室に限った話ではありません。どんな業界に転用できるのか、具体的に考えてみましょう。

転用1: 整骨院・整体院

整骨院業界は美容室と構造がよく似ています。施術者個人の腕に依存しやすく、開業は比較的簡単だが差別化が難しい。スタッフの離職も大きな課題です。

北原メソッドを適用するなら、まず施術メニューを特化させます。たとえば慢性腰痛の改善や産後の骨盤矯正といった明確なゴールを設定し、それに対するマニュアル化された施術プロトコルをつくる。施術者の主観に頼らず、検査結果や数値で効果を判定できるメニューを軸にすることで、再現性が確保できます。

個室化やフレックス制も導入しやすい環境です。完全予約制にして1人のお客さんに1人の施術者が対応する形にすれば、店長不在でも店舗は回ります。

転用2: 学習塾・個別指導教室

個別指導塾はすでにFC展開が盛んな業界ですが、講師の質のバラつきが最大の課題です。北原メソッドの考え方を入れるなら、カリスマ講師に頼らない教育モデルを設計することが鍵になります。

たとえば、教える科目やレベルを絞り込み、指導の手順をすべて動画教材とマニュアルに落とし込む。講師は生徒の理解度をチェックし、つまずきポイントに対して決められた対応をする役割に特化する。教える能力よりも、生徒に寄り添える人柄を重視して採用するのは、Dearsの採用方針とまったく同じ発想です。

転用3: 飲食店(カフェ・定食屋など)

飲食店の多店舗展開で最も難しいのは、味と接客のブレです。メニューを絞り込んで調理工程を標準化し、店長不在でも運営できる仕組みをつくるという意味では、北原メソッドとの親和性は高いです。

ただし飲食店には在庫管理や衛生管理という美容室にはない変数があるため、マニュアルの範囲がより広くなる点は注意が必要です。その一方で、Web集客を本部が一括管理するモデルや、完全予約制にして客数をコントロールするアイデアは、高単価の予約制レストランや定食屋でも十分に応用が利きます。

転用4: パーソナルジム・フィットネス

パーソナルジムは北原メソッドとの相性が最も良い業界のひとつかもしれません。1対1のマンツーマン対応が基本であること、成果(体重や体脂肪率)が数値で測定可能であること、完全予約制であること。Dearsの構造とほぼそのまま重なります。

トレーニングメニューを特定の目的(たとえばダイエット特化)に絞り込み、プログラムをマニュアル化する。トレーナーには高度な専門知識よりも、クライアントに寄り添う姿勢を求める。個室ブースにしてトレーナー同士の不要な軋轢を排除する。この設計で多店舗展開できる可能性は十分にあります。

転用5: 介護・訪問看護

介護や訪問看護の分野にも北原メソッドの考え方は応用できます。この業界は慢性的な人手不足と高い離職率が課題ですが、その原因の多くは過重労働と人間関係のストレスです。

北原さんが実践した、働く人のストレスを限界まで減らす設計思想は、介護現場でこそ必要とされています。業務のマニュアル化による負担の均等化、不要な会議の廃止、シンプルな報告ルール、フレキシブルな勤務体制。これらはそのまま介護事業に導入できるアイデアです。

業界 北原メソッドの転用ポイント 転用しやすさ
整骨院・整体院 施術メニュー特化、個室化、完全予約制 非常に高い
学習塾・個別指導 指導マニュアル化、人柄重視の採用 高い
飲食店 メニュー絞り込み、本部一括集客 中程度
パーソナルジム 1対1対応、数値目標、個室ブース 非常に高い
介護・訪問看護 ストレス低減設計、業務標準化 中~高

この本を読むべき人、読まなくていい人

まず読むべき人。店舗ビジネスを経営していて人材の採用や離職に悩んでいる人。これから独立開業を考えているが、何から手をつけていいかわからない人。そして、自分がいないと店が回らない状態から抜け出したい人。本書は間違いなくヒントの宝庫です。

また、事業を仕組み化したいが何をどう標準化すればいいのか見当がつかないという人にも強くおすすめします。北原さんの思考プロセスは、0→1店舗、1→2店舗、2→4店舗、4→100店舗と段階的に解説されているので、自分が今いるステージに合わせて読み進められます。

一方で、カリスマ性や個人の能力で勝負したい人、あるいは自分だけの特別なサービスを追求したいタイプの人には合わないかもしれません。北原メソッドは個の突出を意図的に排除する設計思想です。それを割り切れるかどうかが、この本から学べるかどうかの分かれ道になるでしょう。

仕組みで勝つという覚悟

『たった4年で100店舗の美容室を作った僕の考え方』は、一冊の経営書であると同時に、働く人を幸せにするための設計書でもあります。

北原メソッドの本質は、優秀な人材に頼るのではなく、普通の人が普通に働いて成果を出せる仕組みをつくること。そしてその仕組みを横展開することで、スピードと再現性を両立させること。この思想は美容室に限らず、整骨院でも学習塾でも飲食店でもパーソナルジムでも介護施設でも、サービス業であれば業種を問わず適用できる普遍的なものです。

もちろん、北原さん自身のWebマーケティング力や判断力があってこその成果であり、仕組みだけコピーすれば誰でも同じ結果が出るわけではありません。しかし、どこから考え始め、何を設計し、どの順番で実行するかという思考のフレームワークは、すべての経営者にとって大きな武器になるはずです。

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