4月27日の大引け後、クラウド型経費精算システムなどを展開するラクス(東証プライム:3923)が、2026年3月期の業績と配当を上方修正しました。連結経常利益の予想は従来の160億円から174億円へと9%引き上げられ、増益率は56.6%増から70.7%増へと拡大しました。3期連続の過去最高益予想をさらに更新する内容です。加えて、期末配当を従来計画の3.4円から7円へと約105%増額するという大胆な発表も同時に行われています。いずれも市場の事前予想を大きく上回る内容でした。
この修正が市場に与えた驚きは、数字の大きさだけではありません。日本のSaaS企業がここまで利益率を高めながら成長を続けているという事実は、ITセクター全体への見方を問い直す一つのきっかけになりえます。
SaaSは赤字でいい、という常識はどこへ行ったのか
2010年代から2020年代初頭にかけて、SaaS企業の評価軸は主に売上成長率でした。利益よりも市場シェアの拡大を優先し、赤字を続けながら顧客基盤を積み上げていくモデルが、特にアメリカのスタートアップ文化の影響を受けた日本のIT株にも広まりました。
しかしラクスはその典型例とは一線を画してきました。同社が提供する楽楽精算、楽楽明細、Chatworkなどのサービスは、いずれも日本の中堅・中小企業をターゲットにしたBtoB向けクラウドサービスです。解約率が低く、一度導入されると継続的に使われ続けるという特性があるため、積み上がった顧客基盤がそのまま安定収益に直結しています。
10〜12月期(第3四半期)の売上営業利益率は前年同期の23.0%から30.9%まで上昇しました。売上が増えるにつれて、以前はかかっていたコストが相対的に軽くなるというレバレッジ効果が鮮明に出てきています。開発コストや販管費の伸びが売上の伸びより緩やかになってきた結果が、この数字に表れています。
配当105%増額が持つ意味
今回の決算でより投資家の目を引いたのは、配当の動きかもしれません。
期末配当が従来計画の3.4円から7円へと倍以上に引き上げられました。この決断は、単なる業績上振れを株主に還元するという話にとどまりません。経営陣が今後の利益水準について相応の自信を持っていることを示唆しているからです。
一般的に、配当を大幅に引き上げる企業は、翌期以降もそれを維持できるという見通しがある場合に踏み切ります。仮に次の期に業績が急落すれば、減配という事態を招き、株主の信頼を損ねます。つまり今回の配当増額は、経営陣自身が来期以降も高水準の利益を見込んでいることの、間接的な証明とも読めます。
また、SaaS系IT株というカテゴリは、従来、配当よりも株価の値上がり益(キャピタルゲイン)を求める投資家が中心でした。ところが配当を重視するインカム投資家にとっても、ラクスが魅力的な銘柄になりつつあります。投資家層が広がることは、株価の下値を支える効果があります。
成長の源泉はどこにあるのか
ラクスの業績好調を支えている背景には、いくつかの構造的な要因があります。
ラクスの業績を支える重要な柱の一つは、サービスの継続利用率の高さです。一般にBtoB向けSaaSでは、業務に深く組み込まれるほど乗り換えコストが高くなり、解約されにくくなります。経費精算や帳票処理といったバックオフィス業務のコアに位置するサービスを提供しているため、一度導入した企業が長期にわたって使い続けるケースが多いとされています。
まず、日本企業のデジタル化需要の拡大です。2023〜2024年にかけて電子帳簿保存法やインボイス制度への対応が企業に義務付けられたことで、経費精算や請求書処理のデジタル化が一気に進みました。ラクスの主力製品はこの波を直接受け取る立場にあり、新規顧客獲得が加速しました。
次に、クロスセルの深化です。一つの製品を導入した顧客に対して、関連する別のサービスを追加提案するモデルが機能しています。一度信頼関係を築いた取引先への販売は、新規獲得よりもコストが低く、利益率の改善に寄与します。
さらに、Chatworkの収益化も見逃せない要因です。2021年に連結子会社化したChatworkは、ビジネスチャットツールとして中小企業を中心に普及しています。有料プランへの移行が進み、収益への貢献が拡大していると見られます。
投資家はこの決算をどう見るべきか
ラクスのような銘柄に今から注目する意味はあるのでしょうか。
もちろん、株価はすでに今回の好材料をある程度織り込んでいる可能性があります。好決算の翌日に株価が大きく下がるというケースも珍しくなく、発表直後の飛び乗りは慎重にすべき場面です。
しかし中長期の視点から見ると、ラクスが持つ事業モデルの特性は魅力的です。解約率が低いSaaSビジネスは、いったん顧客基盤ができあがると、売上は緩やかに、かつ安定的に積み上がっていきます。その上で利益率が30%を超えてきたということは、増収がそのまま増益につながる構造ができあがりつつあることを示しています。
高配当銘柄として目立つほどの利回りにはまだ届きませんが、利益成長と配当増額を同時に実現できる銘柄は、長期投資の選択肢として検討する価値があるでしょう。特に、景気の波に左右されにくいBtoB向けクラウドサービスという性格は、不確実性の高い相場環境での安定株として注目されやすいといえます。一方で、成長鈍化や競合の台頭リスクも念頭に置きながら、分散を意識した保有を心がけることが大切です。今後の四半期決算で売上営業利益率が30%前後を維持できるかどうかが、同社の中長期的な評価を決める重要な指標になるでしょう。
成長と収益性の両立
ラクスが今回示したのは、成長と収益性の両立という、日本のSaaS企業が長年課題としてきた問いへの一つの答えです。経常利益174億円、営業利益率30%超、配当2倍増という数字は、同社が次のステージに踏み出したことを示しています。国内でBtoBサービスを地道に積み上げてきた企業がここまでの利益水準に到達できることを証明した点で、業界全体への示唆は大きいといえるでしょう。
SaaSは赤字でいいという時代は終わりつつあります。ラクスの今期決算を機に、改めて日本のBtoBクラウド企業の収益力を見直してみることをおすすめします。配当という形で株主に利益を還元する余力を持てるほどに成熟した国産SaaSは、長期投資家にとって見逃せない存在になってきています。
ラクスの主な事業:
楽楽精算(経費精算)、楽楽明細(帳票電子化)、楽楽勤怠(勤怠管理)、Chatwork(ビジネスチャット)など、日本の中堅・中小企業向けのクラウドサービスを複数展開しています。解約率の低い月額課金モデルが特徴で、顧客基盤が積み上がるほど収益が安定する構造を持っています。


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